第216期 #10
世界の反対側で、いつしか最後の雫が生まれた。それは、見る方向を違えれば異なる色を放っているように見える宝石。虹色をもつ液状のそれにヒトは涙と名づけた。
けれども、わたしの目には見えません。なぜなら、わたしはもうそこに存在しないから。
虹色の雫は宙に浮く艶めいた青葉の上に不規則なリズムで落ちていく。ひとしずく、ひとしずく、ぽたり、ぽたりと。柔らかなその葉では支えきれないほどの重さまでたまると、青葉はゆっくりとしなり傾き、その冷たい水たまりを地へと垂らす。これまでと同じように。それを最後の仕事として。
けれども、わたしの目には見えません。なぜなら、わたしはもう存在していないから。
青葉から落ちた宝石の塊は、地に触れると同時に音を立てて蒸発する。地はまだ熱すぎて、とてもヒトが降り立つことのできるところではない。ヒトはそもそも地から生まれたものなのに、焼け焦げた地は今となってはまったくその様相を変えてしまい、ヒトをもう遮断することしかせず、心地よく迎え入れてくれることはない。ヒトはふたたび地に居所を定める方法を知らないまま、ただ一方的に恋い焦がれるばかり。
けれども、わたしには関係のないことです。なぜなら、わたしはもう存在しないものだから。
ヒトにできることは、ただ涙を流すことだけ。他には何も何ひとつできることはありません。それでも、ヒトが振り絞る涙は、膨大な時間を費やしたあとには、その地を覆い尽くし、充分に冷ますことができるでしょう。そもそも、ヒトはそのために存在しているものなので。
けれども、わたしにはもうどうでもいいことです。なぜなら、わたしはもういないものなので。
わたしは最後のヒトであり、最後の思念であったもの。涙と名づけられた最後のひとしずく。地で焼かれ、空となって、この地を覆う、今となっては何ら実体のないもの。
ヒトはもう地に帰ることはありません。涙を流すことも、もうありません。