第216期 #11

二十回目の夏の終わりに

 晩夏の強烈な日差しの下、総合芸術部というふざけた部室は変わらずそこにあった。
 校舎と学生寮の中間にあるプレハブ小屋がその部室だ。卒業から二十年経ったのにそのままの外観。なぜかドア脇に置かれた信楽焼の狸までそのままだ。
 窓から中をうかがうが誰もいない。思い出して信楽焼を傾けると、狸のふぐりの下から鍵が出てきた。
 ここまで昔と変わらないことに半ば呆れながら鍵を開ける。
 二十年前も毎日、大学の空き時間にこうして部室へと通っていた。体育会系の強いこの大学では、肩身の狭い文化系は総合芸術部に押し込められていたのだ。
 だから活動も各人でばらばら。マユゲの奴はイーゼルを立ててずっと絵を描いていたし、部長は常にギターを抱えて静かになったときだけ弾いていた。
 天パはFUNAIのテレビデオを持ち込んで昭和ドラマを流し、AIWAのCDラジカセを持ち込んでいたサニーと音圧で争っていた。
 部室に入った一瞬でこれほどの思い出が脳裏を過ぎ去る。そしてみんなアダ名でしか覚えていなかった自分に苦笑した。
 いや、サニーだけは本名だった。金髪をしたハーフの美女で、面倒な家庭の事情で苗字がころころ変わるので、俺はミドルネームのサニーで呼んでいた。
 部室の中を見回すと、さすがに二十年前とは違う。テレビデオもなければイーゼルもない。
 だが机の上にはAIWAのCDプレーヤーがあった。さすがに二十年前とは違う機種だったが、その横に置かれたCDは昔のままだった。
 『Air - Philadelphia Orchestra 1990』。フィラデルフィア管弦楽団のG線上のアリアだ。サニーはこれを史上最高の音楽だと絶賛し、毎日のように何度も流した。俺はそれをからかうように自作の詩をつけて歌っていた。
 CDをプレイヤーにかけると、二十年前と同じメロディが流れてくる。自然と俺の口からあのときの詩がこぼれた。

「今日という日が綺麗だと、何も疑わずに明日を待てる、そんな表情で」

 そのとき急にドアが開いた。顔を向けると、脱色させた長い髪を揺らした少女がいる。
「無断で悪いね。OBだよ。君は在学生?」
 そう取り繕うが、少女は穴が開くほど俺の顔を見つめてから、ぽつりと問いかけた。
「なんでお母さんと同じ替え歌を歌ってるの」
 そうか。二十年が経ったんだな。
 何を聞き、何を話すべきなのか。俺はG線上のアリアに包まれながらゆっくりと考えていた。



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