第216期 #7
「どんな依頼でも相談に乗ると看板に書いてあったので」と、その女性は言った。
事務所の看板には確かにそういうことが書いてあるが、女性の依頼は私の専門外である。
「でも人を捜すのが探偵の仕事ですよね。だからきっと、夢の中で会った人も見つけてもらえると思って……」
もちろん私は人を捜す仕事もしている。
しかし夢の中のことは心理学などの専門家か、あるいは夢の中にいる探偵にでも頼むしかない。
「じゃあ、看板に書いてあることは嘘だったのですね。なんとなく分かっていたけど、少しがっかりしました」
実際、探偵なんかをしていると、たまに変わった依頼をしてくる人もいる。
自分のことを今から三日後に捜し出して欲しいという依頼や、ある風景画の描かれた場所を見つけて欲しいという依頼、そして一週間だけ結婚して欲しいというものも。
だから、夢の中云々という依頼にもさほど驚くことはなかったし、しばらくするとそれも忘れてしまった。
しかしある夜、私は夢の中で、例の女性が捜しているという人物に会ったのである。
私は夢の中の事務所で昼寝をしていたのだが、その人物は私の体を揺すって眠りを覚ましたのだった。
「僕は、あの女性の空想から生まれた人間です」と、その人物は言った。「だから、あなたがいくら捜しても僕を見つけることはできません」
私は、腕で組んでしばらく頭を整理した。
そう言うあなたは、いま目の前にいるじゃないかと口に出しそうになった。
「実は、僕は夢の中で彼女に結婚を申し込みました。一夜限りの夢という軽い気持ちだったのですが、それから彼女は、毎晩夢の中で僕を捜すようになったのです」
なるほど。
「でも夢をさまよい続けると、そのうち夢の世界から出られなくなるという話を聞いたことがあったので、彼女にはもう会わないほうがいいと思いました。所詮、僕たちは住む世界が違いますし、どうやったら彼女を現実に戻してあげられるのかと……」
それから数日後、再び女性が事務所にやってきた。
やはりあきらめきれないから捜して欲しいと言ってきたので、私は先日見た夢の話をした。
馬鹿げた話ではあるけど、他に女性を納得させる方法はないと思ったからだ。
「そうですか」と女性は、話を聞いた後に言った。「やっぱり、夢の中の人を捜すなんて変ですよね」
私にはかける言葉がなかった。
「でも、彼はそんなことが言える優しい人だったのですね。そして探偵さんも」