第216期 #2

鰻屋 源二重

オールバックリーマン(178)の口コミ
★★★★ 4.2
20XX/07 訪問 6回目

新時代の鰻屋
2週間ぶりの訪問。ひと月とおかず再訪してしまうのは、うなぎの味はもちろんだが、店主の源さんに惹かれてのことだ。白木のカウンター越しに、パリッと糊の利いた法被の源さんはいつもの鰻重(竹)3000円の注文を受けると、軽く肯き奥へ下がる。何の音も匂いもしない、静寂の中でしばし待つ、この時間は、今までの騒がしい鰻屋とは一線を画する。安定したうなぎに舌鼓を打ち、「今日のうなぎはどこですか」とさりげなく聞くが源さんははにかみながら顔を横に振るだけ。まだ訪問が足りないか、残念。



 源さんの仕込みはいつも開店ぎりぎりだ。宵に紛れて源さんは車で隣町のスーパーへ向かう。中国産と書かれたうなぎの値札に、半額のシールが貼られて800円になったパックをまとめてひっつかむと買い物籠に乱暴に押し込む。メガネに赤のポロシャツ、マスク姿で見切り品のうなぎを買い求める源さんにはやましい気持ちはないが、まだ自分の店の最寄りのスーパーでうなぎを補充するまでには踏ん切りがつかない。まあそれも時間の問題か、ともう一本うなぎを手にしたところ、

「源さん? 源さんですよね!」

 声をかけられて振り向くと常連のひとり、オールバックのメガネがそこにいた。源さんは面くらい、手元のうなぎを戻そうとしたがすんでの所でそれを止め、ゆっくりと買い物籠に入れながらつとめて声を抑えてそれに応える。

「ああ、あんたは。こんなところで会うなんて奇遇だね。今日は仕事は休みかい」
 男はうなぎに釘付けだった視線を源さんに急いで戻すと、
「はい。……またお店伺いますんで」

 住宅街にぽつんとある鰻屋 源二重。つぶれた定食屋の跡に鰻屋を出すにあたり、源さんは、工務店時代のつてでカウンターと調度品だけは白木をあつらえた。買ってきたうなぎを冷蔵庫に補充し、法被に着替えたところであの男が4人を連れてのれんをくぐり、挑戦的な目で源さんをにらむと「竹四つ」と叫んだ。
 厨房に下がった源さんはパック4本をレンジに入れ、ダイヤルをぐいっと回す。いつもなら「焼き上がり」の前にダイヤルを手で止めるのだが、静寂の中、半跏思惟でたたずむ源さんの手は頬から動かない。最初は硬かった表情は、次第に緩んでゆき、やがて源さんの顔に蓮の花が咲く。ちん、と平成十年代から使う電子レンジの音が響いた。



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