第216期 #1

警察庁広域捜査課02

 その日、八山大輔が夜遅く帰宅すると妻の美由希が玄関に来て出迎えた。
「キスしてください」
 普段そんな習慣はなかったので見返すと、妻は苦しそうな様子だった。部屋に行きソファに座らせ話すよう言った。
 午後に水原刑事が訪ねてきて、夫はまだ帰らないと言うと待たせてもらうと部屋に上がり込んできた。お茶を用意しているときに襲われ、暴行を受けたと美由希は語った。
 美由希は普段しないスカーフを首に巻いていた。八山が解くと、首にひどい青痣が刻まれていた。
「あなた。ごめんなさい」
 八山は、妻を見るたびいつも、こんなに清楚で美しい女性が自分を選んだ不思議に胸を打たれるのだった。
「君は何一つ恥じるところがない。おれは決して別れない。あいつには思い知らせてやる」
 俯き目を閉じて聞いていた美由希がハッと顔を上げ、目を見開いて言った。
「嫌。誰にも言わないで」
「これは犯罪だ」
「お願い。あなたが死ねと言えば死にます」
「二度とそんな馬鹿なことを言うな」
 語気を強めて言うと、美由希は無言のまま静かに涙を流した。
 八山は妻を強く抱きしめた。
「大丈夫。大丈夫だよ。おれたちは何も変わらない」
 数日後、八山は上司の指示で港区のホテルの501号室へ行った。水原は疑われていると気づいてないらしく、八山を部屋に入れた。
「妻からすべて聞いた」
「向こうが誘ってきたのさ。いつもおまえの帰りが遅いので彼女は退屈してた。おれは彼女を慰めてやったんだ」
「おまえは妻の首を絞めた」
「彼女に頼まれたんだ。そのほうが気持ちいいそうだ。あれはそういう女さ。裁判をするならおれはそう証言するが、彼女はそれを聞きたいかな」
「今から3つ数えるうちにおまえを撃つ」
「3」
「2」
 八山は腰の銃に手を置いて水原に言った。
「男なら銃を取れ」
 錦織と部下2名が501号室に駆けつけたとき、中で銃声がした。錦織は銃を抜き、部下にも銃を構えるよう目配せした。オートロック式のドアを蹴破り突入する。
 部屋には、ソファに座った水原が胸から血を流して死んでおり、その前に銃を手にした八山が立っていた。
 錦織が八山を怒鳴りつけた。
「なぜ撃った。麻薬密売の唯一の手掛かりだぞ」
「逮捕しようとしたら銃を抜いたので。申し訳ありません」
 再度見ると、確かに水原は銃を握っていた。錦織は眉間を手で抑えしばし俯いた。やがて顔を上げ八山の二の腕を軽く叩いた。
「いや。警官として当然の行動だった」



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