第215期 #9

夫婦の幸福

ベッドボードに置いた指輪を持ち上げる。そのままベッドに仰向けになって指輪を眺める。
電気を消した部屋。カーテンを開けると窓から入ってくるのは、わずかな街灯と月明りだけ。
薄暗いその部屋で、指輪についているイエローグリーンの石が光る。
夜会のエメラルドと言われるペリドットが付いているペアリングを買ったのは、キミと結婚して数年経ってからだ。
あの時は、お義母さんがいなくなって、ボクは毎日ひとりきりで。
結婚式を挙げてないからかもしれないけど、キミが婚姻届けを適当な日に出してきちゃったもんだから、キミは入籍した日がうろ覚えだし、ボクの誕生は覚えてないのに、彼の命日は毎年ちゃんと覚えていて。
ボクが一方的にキミのこと好きみたいで、夫婦なのに!! って焦ってた。
キミにボクと夫婦だって、わかっていて欲しかった。
だから、買ってきたんだ、この指輪。
婚約指輪もないし、結婚指輪もないし、ちょうどいいと思ったんだよね。
でもね、冷静になって考えたら、こんなものでキミを縛っておくことなんてできないんだよね。
キミのこと好きなのに、その時は全然キミのこと考えられなくて。バカみたいでしょ?

このペアリング、キミはつけたことがない。キミにあげた指輪、キミの指が入らないんだ。キミの体のサイズからこのくらいかな、なんて勝手に想像して、ちゃんと測らなかったんだよね。関節が太いなんて想像もしなかった。
直しに行こう、って言ったんだけど、断られた。どうせつけないから、って。
キミは宝飾品があんまり好きじゃなくて、冠婚葬祭以外で身に着けることなんてない。
なのに、なんでこんなもの買ってきたかな〜って思っちゃう。ホント、あの時のボクは空回りばっかり。自分のことしか見えてなかったんだよね。

キミもベッドボードに指輪を置いていて、夜眺めているのを知っている。綺麗だもんね。
眺めながら、少しでもボクのこと考えてくれてたらなんて思っちゃう。
今日で何日会ってないんだろう? 同じ家にいるのに、仕事に没頭すると部屋から殆ど出てこないキミ。
こんな生活にも慣れちゃって、あの時のボクの焦りはなんだったんだろう? って思う。
慣れって恐ろしい。
大きく息を吐きだす。
ベッドボードに指輪を置いて、カーテンを閉める。真っ暗になった部屋。
焦っても仕方ない。キミとボクのペースは違うんだから。ゆっくりボクたち夫婦の幸福を探して行けばいいよね。



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