第215期 #7

警察庁広域捜査課01

 警察庁に新しく広域捜査課が創設された。自分たちで捜査するだけでなく、全国の県警に捜査や資料提出を命令できる強力な権限を持つ。縄張り争いを超えて県を跨る凶悪犯罪に対処する。当面は東京のみに置かれ、課員は4名。その内の一人に抜擢された八山大輔は柔道で鍛えたがっちりした体格の叩き上げの刑事だ。捜査のため車を走らせているとき携帯が鳴った。課長の錦織誠からだった。
「ヤクザに捜査情報を流していたのは警視庁の水原刑事だった。奴は今港区のXXホテル501号室にいる。全員現場に急行しろ」
 たまたまホテルは近くだった。自分がひと足早く到着できるだろう。
 運転しながら、八山は妻との馴れ初めを思い出していた。
 夜、急に一人住まいの八山のアパートを訪れた美由希は、相談があると言った。若い女性を部屋に上げるのが躊躇われ、外で飯を食おうと誘うとついてきた。
「私、明日お見合いするんです。どう思いますか」
 美由希は楽しそうに笑い、頬が膨らむまで料理を口に詰め込んで、もぐもぐしながらじっと八山を見つめた。
「ご両親は君の幸せを願っているんだよ」
「そうなんです。とってもいい家柄で、お金持ちで。家が大豪邸で、なぜか釣書に家の写真が何枚も載っていて。どう思いますか」
「うん」
「母は白馬に乗った王子様が私を迎えに来たって言うんです」
 美由希は手で隠そうともせず大口を開けて笑った。
「おもしろくないですか。どう思いますか」
 八山は無言だった。
 美由希は三杯目のワインを注文し口を付けた。
「飲みすぎないほうがいいよ」
 美由希は八山を見つめながらにっこり微笑むと一気に杯を空けた。
 食事後、飲みすぎた様子の美由希は足取りがおぼつかなかった。思わず手を伸ばして支えると、
「これからドライブに行こうよ」と叫んだ。
「もう帰ったほうがいい。明日見合いなんだろ」
「きっとうまく行かないと思う。知ってるでしょう。私お行儀が悪いから。いつも母に叱られるんです」
「心配するな。うまく行かなかったらおれがもらってやるよ」
「…………」
「アッハッハ!」
 八山は照れ隠しに大声で笑い、一二歩歩きかけたが美由希がついてこないので振り返った。
「今日じゃだめですか」
「今日って」
「…………」
 八山はしばらく宙に目を泳がせ考え込んだ。再び美由希に目を戻した。いくら待っても彼女はじっと八山を見つめるばかりだった。
「ああ。見合いなんかするな。おれと結婚しよう」
「はい」



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