第215期 #6

見たくないものが見える

 お気に入りのベンチに先客がいた。綺麗な黒髪をした少女だった。

「何を見てるの?」

 私が尋ねると、彼女は答えた。

「Wi-Fi」

 電波系少女も、新しいステージへ移行しつつあるのだろうか。

「わたしには、見たくないものが見えるの」

「そうなんだ。で、Wi-Fiってどんな感じで見えるの?」

 私が尋ねると、彼女は答えた。

「ピコピコした針金みたいなのがずっと飛んでる、とってもカラフルなの」

 なるほど。意外にファンシーなのね。

*    *    *

 次の日、お気に入りのベンチに少女がいた。昨日と同じ少女だ。

「何を見てるの?」

 私が尋ねると、彼女は答えた。

「魂」

 電波少女の次はオカルト? どちらにしても不思議な子のようだ。

「わたしには、見たくないものが見えるの」

「そうなんだ。で、魂ってどんな感じで見えてるの?」

 私が尋ねると、彼女は答えた。

「黒と白に分かれてる。白いのはお空へ消えて、黒いのは地面へ消えるの」

 なるほど。天国と地獄って、そんな安直だったのね。

*     *     *

 また次の日、お気に入りのベンチにあの少女がいた。これで三回目だ。

「何を見てるの?」

 私が尋ねると、彼女は答えた。

「現実」

 急に夢のかけらもない話になった。Wi-Fiと魂に夢があるとは思わないけど。

「わたしには、見たくないものが見えるの」

「そうなんだ。で、現実ってどんな感じで見えてるの?」

 私が尋ねると、

「…………」

 彼女は答えなかった。私が答えを待っていると、少女は私の方を向いて、

「あなたには、どんな感じで見えているの?」

 そう尋ねた。目が合ったのは、これが初めてだった。

「そうだなぁ……」

 私は、首筋についた縄の痕、手首についたリストカットの痕、二の腕についた注射器の痕、それから橋から飛び降りて以来青白いままの肌に触れてから、答えた。

「濁りすぎてて、なんにも見えないや」

 精神病棟の屋上から見える空は、とても澄み渡っていて、綺麗だと思った。



Copyright © 2020 上江村 想 / 編集: 短編