第214期 #8

スクリーンの向こう側

二人の出会いは文字のやりとりから始まった。
今流行りの出会い系アプリ。
なんとなく話し相手が欲しかった充希が何の気なしにいいねをした相手が彼だった。
充希は彼のプロフィールを見て共通の話題を見つけた。
「音楽が好きなの?何が好き?」
それが始まりだった。

2、3日やりとりした後、LINE交換を手早く済ましたら、彼はすぐにアプリを消してしまった。
充希が
「アプリ消すのむちゃくちゃ早いね。笑」
と冷やかすと、彼は静かに
「相手は一人いればいいから。」
と答えた。

その後、やりとりは毎日続いた。
趣味の話、家族の話、友達の話、仕事の話、最近ハマってること、今日何をしていたか。
ただの日常をたくさんシェアしあった。
時には2時間を超える長電話をすることもあった。
写真でしか知らない2人。
寝る前には「明日も頑張ろうね」と言葉を交わし、お互いの存在が励みだった。
話している間は時間を忘れるほどだった。
でも、充希たちは友人だった。仲のいい友人。
それ以上の仲に深まることはなかった。

彼には前妻との間に子供が居た。4歳の男の子。
彼の愛情はすべてその子に向けられていた。
だから彼は充希に今以上を求めなかった。

それに充希は結婚したい気持ちがあった。
それを知っていた彼は充希に遠慮していた。
自分が今誰かと付き合えばその人の大切な時間を浪費してしまうだろうと彼は出会った頃に話していた。

充希は彼が好きだった。

2人の関係は平行線だった。

ある時、充希は友達の紹介で別の男性に会うことになった。
そのことをあの彼に言うべきか悩んでいた。
もしかしたら妬いてくれるのかもしれないという期待もあったが、
所詮インターネットでしか知らない間柄。
他の男性と会うことで2人のやりとりが途絶えてしまうことが怖かった。

「今度友達が男の人を紹介してくれるみたい。」
やっとそう切り出したのは、紹介を受ける日の前日だった。
彼は、
「よかったじゃん!がんばれよ」
そう答えた。
いつもどおりのやりとり。
充希は彼が今どんな顔をしてメッセージを送ったのか気になったが、
画面に映るのは文字と親指を上に突き上げた絵文字だけだった。
ぼうっとしていた充希のスマートフォンに、
「俺がちゃんとLINEを返してるのはお前だけだよ」
と文字が光った。



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