第214期 #4

昔々、下総の国のとある農家の土壁に、大きな黒いシミがありました。
 いつの間に染みたのか、なんの汚れなのか解りませんが、そこのお百姓さんが生まれた時からずーっとそこにありました。
 そのシミは、よく見るとなんだか人の形をしているようで、布で拭えばすぐに落ちそうですが、何だか祟られそうで怖くてそのままにされていたのでした。
 ある時、一匹のイタチがその家に忍び込むと、その人型のシミにびっくりして、食べ物には目もくれず、一目散に山に逃げていきました。
 そんなイタチの話を聞いた、山一番のきかんぼうのヤマネコおやぶんは「ふん、よくわからんが、そのくろいやつがこわくなって逃げたのか、情けないやつだ。俺は、なんも怖くねえ。」
 いうが早いか、ヤマネコは一目散に夜の山を駆け下り、イタチから聞いたその家に忍び込むと、干し柿だの米櫃だのを手当たり次第に食い散らかして、シミの前に仁王立ちしました。
「イタチの野郎め、なんのこたねぇ、壁のシミじゃねぇか」
 と、首をふりふりおひゃくしょうの家を後にしました。
 目が覚めたおひゃくしょうさんは、荒らされた我が家を見るなり、「やっぱりあのシミは妖怪だ。黒いシミの妖怪がオラが寝てるうちに家を荒らしたんだ」と言って、すっかり震え上がっていると、一人のお坊さんが通りかかりました。
 おひゃくしょうさんから事情を聞いたお坊さんは家の中を見ました、お坊さんは家の中にいっぱいになった匂いで、「これはヤマネコの小便の匂いだ」と、すぐにわかりましたが、あえておひゃくしょうさんには言わずに「今から妖怪を鎮めますから、ネギを一本持ってきなさい」と言って、壁のシミの前に立ちました。お坊さんはヤマネコがネギの匂いが嫌いなのを知っていたので、壁のシミにネギをすりつぶした汁を塗り付けました。
 そしておひゃくしょうさんに
「妖怪なんてとんでもない。ありがたい仏様がここに現れているのです。毎朝毎晩拝めば、米櫃を食い荒らされたり、干し柿を盗まれたりする事もないでしょう」
 と言って立ち去って行きました。
 それからヤマネコが来る事もなく、おひゃくしょうさんは半信半疑で毎朝毎晩、なんだかネギ臭いそのシミを拝みました。
 いつからか村人たちも、そのシミを拝むようになりました。
 あれから五百年、そのシミはいまだに、古民家の壁にあって、いまだにみんな拝んでいるそうじゃ。



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