第214期 #11
わたしを生んでくれた人たちは、わたしを閉じ込めるときにこう言った。
「隠れていなさい。動いては駄目。音を立てては駄目。声を出しても駄目。ずっと蹲っていなさい。寝転がっていなさい。目を閉じていなさい。あなたはとても貴重で大切な子ども。見つかっては駄目。誰かの目に触れては駄目。ここにいることに気づかれては駄目。空気に同化して、気配を消し続けていなさい」
それで、わたしはそうした。その人たちがわたしを閉じ込めてくれた箱のなかで、隠れていた。動かずにいた。音を立てずにいた。声を出さずにいた。蹲って、寝転がって、目を閉じて、見つからないように、誰の目にも触れないように、ここにいることに気づかれないように、気配を消し続けた。
用意してもらった箱は大きかった。動こうと思いさえすれば、そのなかを自由に動くことができた。体操をすることもできたし、走り回ることさえできただろう。
けれども、わたしはそうしなかった。ずっと床に寝そべって、目を閉じていた。最初は自分が呼吸する音が気になったが、やがてそれをコントロールする術を覚え、空気に同化した。
指先が解けていることに気づいたのは、もうすっかり箱の内部を自分のものとした頃合だった。自分と箱との境界線が曖昧になり、輪郭がぼやけてしまっていた。指先の異変に気づいたあとは、急激に身体が解けてしまった。わたしの容れ物はいつの間にか、肉ではなく箱になっていた。
わたしは箱なので動かない。わたしは箱なので音を立てない。わたしは箱なので声を出さない。わたしは箱なので、蹲っている、寝転がっている、目を閉じている。
やがて、端のほうが溶け始めていることに気づいた。雨が降ったのか、誰かが水でもこぼしたのか、液状のものをかぶってしまい、箱の形状を保持することができなくなっていた。
このままではわたしを保持することができなくなる。意味なく流れていってしまう。
それでは駄目だ。わたしはなんとでもして、わたしを維持しなければならない。
わたしは自力でそこから這い出した。すでに維持できるような形状はなく、あちらこちらが綻び溶解してしまっていたが、わたしは全力でわたしを守ってくれていた箱から離れ、大気へと拡散した。
大丈夫。わたしはここにいます。あなた方が全力で守ってくれた、とても貴重で大切な子ども。
そうして、わたしは春を呼ぶ。柔らかな風となって、芽吹きの時を呼ぶ。