第214期 #10
マックの窓際の席でスマホを弄っていた美穂は、滑らしていた指をふと止めた。
画面に見知らぬ表示が浮かんでいる。怪訝そうにそれをタップすると、やはり知らないアプリが起動された。
美穂は苦笑して、向かい席の友人の理絵にスマホを見せた。
「なんだろ、これ?」
画面には、飾り気のない字で『みらてる』と書かれており、その下には酷く事務的な調子で説明が続いている。
「『みらてる』……未来の自分と話してみよう……?」
読み上げた理絵は、ぷっと吹き出し、ゲラゲラと大声で笑った。
説明によれば、必要事項を入力してダイヤルすれば、未来の自分に電話が繋がるのだという。子供欺しにしてもあまりに荒唐無稽な話である。
「アホらし。ウイルスとか?」
渋い顔で呟く美穂の肩を、理絵は愉快げに叩き、
「まあまあ、面白そうじゃん。私にやらせてみてよ」
返事を聞く前に、理絵は美穂のスマホに指を走らせていた。アッという間に入力を終えると、ワクワクした様子でスマホを耳に当てる。
馬鹿にしていた美穂もつい固唾を飲んで見守った。
だが、いくら待っても、誰にも電話は繋がらなかった。解っていた結果だが、理絵は不満そうに唇を尖らし、
「やっぱ駄目か。つまんないの」
そう言ってぞんざいにスマホを返した。美穂は暫しの間、無言でそれを見つめていたが、ついに好奇心に負けてしまった。
理絵と同じ要領で操作し、相手が――未来の自分が出るのを待つ。
コール音が何度も何度も繰り返される。
そして、十回目のコール音の後、ついに誰かに繋がった。
予想だにしない展開に、美穂は声を失った。様子を眺めていた理絵の口から、ポロリとストローが落ちる。
『……て……そ……ら』
電話の相手は、途切れ途切れに何かを言っていた。しかし、喧しい店内ではよく聞こえず、じれったくなった美穂は店の外へと出た。
すると、ようやくはっきりと声が聞こえた。
『そこから、逃げて』
次の瞬間、突然の凄まじい衝撃と轟音が彼女を襲い、スマホが宙を舞った。
アッという間の出来事だった。
運転を誤った大型トラックが、美穂がいた席に突っ込んだのだ。つまり、理絵がいるはずの場所に。その結果は想像するまでもない。
その場にへたり込んだ美穂は、呆然としながら、ひび割れて動かなくなったスマホを見た。
麻痺しかけた頭で、美穂は、「ああ」と思った。
だから、理絵の電話には誰も出なかったのだ、と。