第213期全作品一覧

# 題名 作者 文字数
1 生きる理由 Earzu 238
2 五月のツバメ 小説作家になろう 971
3 運送屋の憂い ウワノソラ。 987
4 リアル N(えぬ) 996
5 メメント しましま 999
6 私の風邪の治るまで 朝野十字 1000
7 サイレン 千春 847
8 赤橙 テックスロー 1000
9 基礎AV鑑賞理論 第8講 きえたたかはし 1000
10 予感 わがまま娘 999
11 春から夏にかけての日常 euReka 1000
12 2020年5月17日(日)夜7時54分〜 アドバイス 999
13 不幸になる薬 糸井翼 1000
14 つながる、あるいは、おそれる たなかなつみ 999
15 星と花 えぬじぃ 1000

#1

生きる理由

僕はネガティヴ思考である

彼女と知り合い、1年が過ぎた頃だった

僕はいつものようにメッセージを送った
「僕と話しても楽しくないよ」と

僕は君に「楽しいよ」の一言を言って欲しかった

君は「大丈夫」の一言だけだった

そして僕は君に送った「会いたい」と

「私も」と言って欲しかった

君は「ありがとう」と言った

僕は「好きだよ」と言おうとした
もう返ってくる言葉はわかりきっていた
だから言わなかった

ただ僕は生きるための理由が訊きたかっただけなのに

いつのまにか死ぬための理由を聞くことになっていた

僕は泣いた


#2

五月のツバメ



五月のツバメはそろそろ雛が孵る。生まれたばかりのツバメは小さいだけでなく弱々しい。
それが、やわらかくにかわってゆく。すぐに変るのは本当に驚異だ。
やわらかい雛はしなやかに変わって、、、わかさを溢れさせるようになる、、、
すいすいとぶ親ツバメはしぜん可愛い幼児が眼にはいってくる。
 かわいい、、そして、すこし妙な若い夫婦とか。その、妙なところは、、、
 意思を感じ生活は豊かで、なにかまわりに向かって挑戦している。感じかんじる。 挑戦している。。。
 ヒラヒラとその周りを行きかうツバメ、、、まるで話を聞いている。。。

「チャレンジャー挑戦者が幼児連れ。 と、いうのは妙だ、、、よね。」

しかし、現実にほんとのチャレンジャーはたいてい協力者がいてほら、ロッキーとか彼女がいてこどもがいて生活はしっかり豊か、、、
 
「あと、周りの賞賛があればなんで知りたい話なのか? って、いうレベルだよね。」
「そうかぁ、、、ロッキーはライバルがいて勝てないからロッキーなんだね。」

 そばでは別な二人が話している。
「ミュージシャンに厳しいんですね」 って、、、、そうじゃないんだよ。働かないのがいけないといってる。
お金をもらわないと存在価値がないってことに考えないと、、、
たのしいこと、すきなことをして生きていくとかの、バズワード、、、
 、、、
バズワードっていうのは説得力があるようにみえて、実は定義や意味があいまいなキーワード
なんですけど、、、
 「バズワード、 って、それ説得力よね。」
 ???
「説得力ははっきり意味がわかるじゃないか」
「そうかしら?わたし。おねがいされても命令されているように感じるわ」
「えぇ、そうなのそりゃ確かに説得力だな。まさかぼくのこと、???」
「そうね。あなたにも感じることもあるは、」
「あぁ、そうなのじゃぁ、、、もっと提案するように話し方変えなきゃ、、、」
「うふふふ、そうねオタガイに提案していきましょ、、、」
 
 そんなまちを聞きながら飛ぶ銀座のツバメおいしい虫をキャッチ。
「う〜ん。まだこどもたちには大きいかな、、、」とかんがえながらスイスイムシャムシャ
「ああおいしい。柳も緑」
そんなことを考えながらパッと身を翻し手ごろな虫をこどもたちに運ぶ、、、
銀座のツバメは、五月という世界に行って見たいものだと思い、、、ながら、、、
そして飛び去った、、、


#3

運送屋の憂い

 しとしとと、雨が降る。数日振りの雨だった。ラジオからは「こんな天気の悪い日は、テンションが下がっちゃいますねーっ」と、やけに陽気な女性の声が聞こえていた。飄々とした声に「このラジオDJ、テンションなんか下がってないじゃないか」と思ったのは私だけじゃない気がする。
 因みに私は、雨だからと言って特別気が滅入るなんてことはない。まぁ、傘を持ち運ぶことで生じる片手が塞がる不自由さや、風景の写真を撮ろうにも映えないってのは残念ではあるけれど、雨の日ならではの楽しみもなくはないのだ。お店や病院は普段より空いているし、近所のスーパーは雨の日だとポイントが多く付与される。雨降って地固まる、なんて言葉もあるが、雨の日はどこか心がシンとして冷静になれる所も好きだった。

――ピンポーン。
 部屋のソファで寝そべって雑誌をめくっていた私は、すぐ横のインターフォンのモニターを見上げた。小さな段ボールを手に抱えた、運送屋の女性が映っている。何か注文したっけと考えつつ急いでボールペンを手に玄関へ向かった。
 ドアを開けると、頭や肩が濡れて茶髪がしなびた女性が荷物を前に持ってみせる。
「こんにちは、すみませんがお願いします」と微笑して、伝票を指差される。伝票を一旦受け取り、ドアの面を台代わりにざっとサインして渡した。
 伝票と引き換えに荷物が手渡され、彼女は礼を言って会釈する。踵を返し、雨に降られながらトラックまで駆けていった。キビキビとした動作に感心すると共に、少し気の毒な気持ちになる。雨に顔を晒して化粧を溶かしながら仕事をこなさなければならないのは可哀想な気がした。雨にずぶ濡れて寒さに震えようとも「ある意味、風情があっていい」なんて開き直れる私みたいな人は稀だろうし。
 先ほどの女性は雨など気にしない素ぶりで微笑してみせていたな。感歎。あの潔さったら、清々しい。ひょっとしたら、彼女も私と同様に雨に降られるのが気持ちいいと思えるタイプなのだろうか。いやいや恐らくそんな訳はなく、仕事だから気丈に振る舞っていたんだろうと予想する。彼女は配達員の模範的な振る舞いを演じていたに過ぎない。
 配達員達にとって、憎っくき障壁であろう雨が降りしきる。荷物を濡らし、身体を濡らし、交通の流れを遅延させる厄介者。
――雨、そろそろ上がればいいのに。
 女性配達員を気に掛けながら、気紛れに雨空に願ってみた。


#4

リアル

 近未来、爆発的に売れた商品があった。ゴーグル型で、これをめがねのように頭部に装着すると目の部分の映像モニターに自分の視野に入った人間すべて、自由に設定したテクスチャをを適用して表示してくれるという機器だ。人の見た目を自分の好みに変更して見ることができるということである。
 高精細な現実の人間と変わらないテクチャから、アニメキャラのようなテクスチャなどいろいろな設定が出来るようになっていた。
 もはや、人間の見た目に性別も年齢も美醜も関係ない。顔形、服装、なんでも自由自在に変更できるのだ。特定の人ごとに見た目を設定することもできるし、ソフトウェアの「おまかせ」でもよい。好きな相手はより美しく。嫌いな相手はまるで悪魔のような見た目になど、会った時は全て設定通り表示されるのだ。
 これを手に入れ、装着した人間は、自分の欲望をリアルタイムで実現してくれるから、心の底からハマってしまい、ずっとこの機器を通した世界を見て生活するようになる。そして、そういう生活をしていると、相手が本当はどんな顔だったか忘れていってしまう。現実がどんな世界だったかということを。
 ある青年がこの機器を装着して生活していた。半年つけたままである。
 ある日の仕事帰り、彼は道でバランスを崩して転倒し、したたかコンクリートの路面に打ち付けられた。すぐには起き上がれずにうめいている。どこか出血もしている。青年は病院に運ばれた。
 病院に着きストレッチャーで処置室に運ばれた青年は医師や看護師数人に囲まれる。
 看護師が青年に呼びかけ、「いちにのさん!」のかけ声とともに、数人の看護師が力を合わせて青年を抱え上げ、ベッドに移した。
 医師が青年をザッと見て、
「服は切って脱がせるか。頭にも傷を負っているから、まず検査が必要だな……」
 看護師は青年の耳に近いところで話しかける。
「頭にケガをしていますから検査をします。頭の機器を外しますね〜」
 看護師がうむを言わさず青年の機器を取り外す。
「う、うぁぁぁぁー!」
 青年は間近に看護師の顔を見たとたん絶叫し、そして目を剥いて、そのままパタリと動かなくなってしまった。
「ああ、またか。ケガはたいしたことなさそうだったのに、現実世界を見たショックで心臓が止まってしまうなんて……でも、アタシの顔を見て死ぬなんて、失礼しちゃう」
 さて、青年は人の見た目にどんなテクスチャを適用していたのか。


#5

メメント

「クリス〜!」

「どうした?」

「これ、忘れ物」

「ありがとう。じゃあ行ってくるよ」

「頑張って!」

 彼女が渡したのは彼の父親のメメント(形見)だ
 この村では毎年神殿にて、
 信者が神に捧げる儀式が行われる
 彼もその一人だ

「いい嫁もらったなー」

 彼ーークリスは元々死刑囚だった
 その時いた国の隣国と戦争が起き、
 敵国に捕らえられたのだ
 だが、奇跡的に脱走ができた
 そして数千km離れた、
 現実の村ニルヴァーナ村へ来たのだ
 そこで働いていた時彼女、ノヴァに一目惚れし
 駆け落ちしたのだ

「今年も神に捧げましょう」

「僕はこれを持ってきました」

「私はこれを」

 みなが口々に声をあげるなか、
 クリスも声を出した

「僕は父親のメメントを持ってきました」

 すると教祖の耳にその声が止まった

「クリスくんは、メメントを持ってきたんですか?」

「はい」

「今年はそれにしましょう」

 肩身はななさず持ってメメント
 そしてこれは神が創った神聖なものだった
 そしてクリスは決めた
 元々は神の物だと
 これは神に返さなければいけないと

「わかりました」

「では、そのメメントをこちらに渡してください」

 教祖はクリスの手からメメントを取ると、
 日の光が射し込む窓ガラスへとメメントを
 挙げた

「神よ! これで我らの豊かなり! 差し上げもうす!」

 そう
 これは元々この村の平和と豊かを願う儀式なのだ
 
 教祖が言い終わった後突然日の光が強くなった
 そしてメメントが瞬く間に熱くなり、
 燃え尽きた

「クリスさん。貴方は神に認められました。
 時には大事な物は誰かに差し上げなければいけない。
 それが定めなのです。なのでその時まで、それを
 大事にしなければならない。それがいずれ、
 真の幸福へと繋がります」

 そう言われたクリスは泣いた


「ただいま」

「聞いてクリス!私のお腹に、赤ちゃんができたの!」

「本当か!やったー!」

 彼は喜んだ
 本当に神は幸福をくれた
 なぜ幸福が舞い降りたかはわからないが、
 クリスとノヴァとその子供は一生涯幸せに暮らした


「これで終わりよ」

 窓の外には桜が咲いていた

「先生が伝えたいことはわかった?
 先生はね大事な物を大切にして、
 いずれは誰かに託さなければいけないってことを
 伝えたかったのよ」

 教室にいる皆が頷いた
 そして彼女の胸ポケットの中には
 形見が入っていた
 そう彼女の祖父ーークリスのメメントが

 外は桜で咲き乱れている

 メメント 完


#6

私の風邪の治るまで

 東京の義理の叔母から電話があった。
「由美子と連絡取れないのよ。見てきてくれない?」
 由美子さんはうちの近くの京都の大学に進学していた。年が近いからあなたがいい明日中に結果報告しろと東京弁が言って、返事する間もなく電話が切れた。
 翌日、由美子さんのアパートを訪ねた。チャイム、ノック、反応がなかった。ドアノブを回すと鍵がかかってなかった。とっさに刑事ドラマの冒頭お約束シーンが頭に浮かび、ドアを開け中に入った。
「由美子さん」
 奥のベッドにうつ伏せていた。駆け寄ると、彼女は目を開けた。
 きれいに揃った黒い睫毛と描く必要のない美しい眉。厚みも色も薄い唇は新種の果物のように濡れていた。
「お母さんが、連絡こうへんから心配やて」
「…………」
「ほな伝えたから」
 私が帰ろうとすると、
「冷蔵庫。水。持ってきて」
 私は冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して彼女に渡した。桜貝のような耳の下に数学的に計算され尽くされたおとがいのライン。蠢く細い首。鎖骨。肩に垂れた黒髪。
「ほな」
「待ちなさい。私病人よ。インフルエンザかもしれない」
「…………」
「お粥作って」
「作られへん」
「のど痛い。けど、お腹空いた」
「なんか買うてくるわ」
 彼女は立ち上がり戸棚から財布を取り出した。ノースリーブの二の腕が上がると、毎日丁寧に剃毛され日の当たらない脇の下が透き通るように白かった。
 私は近くのスーパーで彼女に指示された食材を買って届けた。
「明日も来て」
「なんで」
「私の、風邪の、治るまで」
 それから数日間、私は彼女に食材や身の回りのものを買って届けた。彼女は咳も熱もない様子だった。その日も彼女のアパートに向かうと、彼女の部屋のドアが開き、男が出てきた。男は私を一瞥しただけで足早に立ち去った。彼女の部屋に入ると、泣いていた。
「こんなもの」
 テーブルに叩きつけた茶封筒から1万円札の束がはみ出した。
「帰って」
「どうしたん」
「風邪は治った。だから帰って」
「お母さんに連絡したん」
「うん」
 私はそれ以上聞かず帰った。あれから二度と彼女に会わぬまま20年が過ぎた。あのとき一瞬見た男の顔を忘れることができなかった。なぜならその後しばしばテレビで見るようになったからだ。あのとき駆け出しの府議会議員だった男は、今府知事になっている。
 先日、彼女の訃報が届いた。私は辞書を引いて美人薄命の項を読んでみたが、特段有用な情報は書かれてなかった。


#7

サイレン

僕はどこにもいない。
教科書の隅にも、吊り広告の見出しにも、街の人波にも、どこにもいない。

僕は僕を探している。いつからだろう。ずっとだ。
なぜ僕は僕を探すのか。心の拠り所が無いからだ。確かに信じられるものなんてこの世に一つだって無い。家族も学校も友人も。皆ツクリモノで出来ている。定型句で話し合っている。それがとても空っぽに思えて、その糸を掴もうとしても隙間からするりと解け落ちてしまう。もう何年も前に諦めてしまった。今はそんなものを掴もうとする自分さえ馬鹿げて思える。

だから、僕は僕の確かなものを僕の手で見つけ出してみせる。それが僕の「僕を探す」という行為だ。僕が僕でいる理由を探している。その他大勢でなければ、何かの一部でもないという理由。僕は僕に固執しているのかもしれない。

人は音楽の歌詞や小説の一文なんかに自分を見つける。それは「共感」と言えるかもしれない。まったくの別人が創作したものの中にまるで自分の話をされているかのような感覚を見いだす。あくまでも創作。本当か嘘かもわからないような世界に、だ。その感情が突出したものであれば涙を流したりもする。そんな人間はお手軽だ。そんなことで「私は一人じゃない」なんて自己陶酔もいいところだ。全く理解できない。

何年も時が経った。相変わらず僕は街に溢れるものの中にはどこにもいなかった。だけど僕は僕を見つけることが上手くなっていた。そうだ。やはり僕は僕以外のものでは無かった。悲しみでも切なさでも朗らかさでもなんでもない。つまり誰かや何かに表されるものではない。それが僕だった。この世は僕と僕以外のもので出来ている。僕ではないものが僕の存在を確実なものにさせた。僕はこの世界とは相容れないことに気づいていた。

ある日射しの強い日、いつもは聞こえないサイレンが鳴った。サイレンのけたたましい音が流れ続けるには1分間は充分に長い。無機質で単調な響きだ。ただうるさいだけの時間。鳴り終わっても耳に残る残響はどこまでも存在し続けたい生への執着を語るようだった。


#8

赤橙

 先生は静かに言う。
「あなたの気分の高ぶりや、落ち込みについて、いつかあなたは、おぼれそうになりながら水に浮かんでいるようです、といったわね」
「はい。船から落とされた乗客のようです。波に沈んでいるときは苦しくて、目だってろくに開けられない。なのに水の上に出たら、太陽は明るくて気分がよくて、憎らしい船長たちが私のことを見て嘲っているのに、それに笑顔で手すら振りたくなってくる」
 先生がくすっとわらった。私の心のプロペラが小さく回った。
 通い始めたばかりの頃は、どうなることかと思ったけど、先生は優しい。自然に話しをすることができるようになって、本当によかったと思う。

「気分のたとえだったら、こんなのはどう? あなたはちんけで、頭は穴あき」
 私は縮んだ。先生は私を傷つけようとしているの? 
「そこに糸を通してね、長い糸。何色が好き?」
「……赤橙」
「赤橙のね、どこまでも続く糸があなたの頭の穴を通ってずーっと伸びている」
 私は馬鹿にされているのではないと知ってほっとして、先生の目を見る。
「あなたも、私も、みんなね、糸が通った縫い針なの。それでね、毎日、真っ平らで何もない、意味なんてない白い布みたいな世界を浮いたり沈んだりしながら進むの。曲がっても、後戻りしてもいいし、浮き沈みはいくらだってしてもいい。そんな糸と糸が重なったり離れたりしながら、布に模様を描いていく。ミシンのように決まった道を進む糸もあるだろうけど、みんなそううまくはいかないわ。いつか誰かが人類を外側から見たら、とてもきれいだと思うな。特にあなたの描く赤橙はとっても濃いだろうから」
 私は自分の色を意識して、高揚した。私の気分にだってちゃんと意味があると思った。でも、
「でも、全然前に進めないんです。毎日毎日、同じことばっかり考えている」
 先生は少し考えて、
「そうね……そのときは、そこにボタンでも縫い付けましょう!……なんてね。自分が進んでいないと思う日でも、布が勝手に動いてくれる日だってあるのよ」
 先生は笑って言ってくれたけど、私は自分の思いつきに夢中だった。同じところをぐるぐる縫い続けて、私の赤橙の糸が作るこぶは、いつか夕日みたいに大きく、みんなの作った世界を照らしてくれるんじゃないかな。ふいに訪れた、自分に不釣り合いなほど大きい優しい気持ちに押しつぶされそうになりながら、私は、みんなと仲良くしたいなあ、と強く思った。


#9

基礎AV鑑賞理論 第8講

えー、席についてください。

第7講は担当教諭の都合により来週末に補講となりましたので、繰り上がりで第八講の担当の私が今日の授業を行います。今日はみなさんに少し話があります。

先週の六講「疑似精子とカメラワーク」で中出しモノの撮影で使われる基本的な技術の説明をうけましたね。

毎年あの授業では男子生徒の半分が泣いているんですね。今年もそうでしたか?僕もあの授業をするのは嫌なんです。もちろんここにいるみなさんが事実に泣いているんではないのは重々承知しております。ええ。事実を理解したうえで自分をだましてきたんです。だますといっても嘘や偽りをこしらえるということではなくて、言い換えるなら我々は「信じてきた」のです。

様々なもごとは移り行くものです。

その授業を境にモザイクのむこうの白濁が意味を失ってしまった生徒も多いと思いますし、「あえてそれに言及する必要があるのか?」という憤りもあると思います。

しかし、それらは回復することができるということを私は宣言したい。たとえ疑似精子が、、失礼。あの白い液体がなんであれ、その解釈こそが鑑賞者の責任であり、受け入れ方こそが鑑賞なんですね。現場の責任はしみけんにまかせておけばいいんです。

もしあなたがたがモザイクのむこうに精液を認めなかったらそれは中だしモノのAVをみたことになりませんし、そうなると疑似精子に文句をいうのはお門違いというものです。もしあなたが中だしを認めたらそこに疑似精液などは存在しえないのです。うつり行く価値についてはAV鑑賞応用の11講「性と愛」で掘り下げますが、失った後に愛せないなら最初から愛していないということです。汚したら美しくないものは最初から美しくないんです。

泣いている生徒も顔をあげてください。これから受講するクラスには高度な鑑賞者になるために必要なカリキュラムがくまれていますし、これからも少なからず痛みを伴うことになると思います。しかしそれは必要な痛みでもあります。

 よい鑑賞者になるということは肉屋の店主になるということと似ているのです。肉塊を大きな包丁で部位ごとに区分けしていくように、我々は必要な論理の刃物を獲得しなければなりません。しかしその刃物は試し切りを必要とします。そして論理の刃物で最初に切られるものは自分自身だと決まっているのです。

さあ、前置きが長くなりましたが、授業を始めます。エロ本17ページを開いて。


#10

予感

主は晴れた日の満月の夜、自分を外廊下の腰壁に置いてくれる。
月の光は優しくて、どこか冷たい。
ここから見える世界はとても静かだ。
屋敷の庭には噴水があって、何本か大きな木がまばらに生えている。屋敷の近くには小さな畑。この庭の向こうには小高い山がある。
それ以外は空しか見えない静かな場所。

座っている腰壁が揺れた。首だけ動かして後ろ、腰壁の下を見た。
主が寝返りを打って、腰壁にぶつかったようだ。そんなことなどまるで気にならないみたいで、普通に寝ている。
石畳の外廊下。
石の上で寝るのは体が冷えるんじゃないかとか、そもそも体は痛くないのかとか、主のことが気になる。
月光欲が終わったら声をかけるからと言っても、この時間は自分と一緒にいてくれる。
月は今、山の天辺にある。もう数時間したら、太陽が昇ってくる。
その前に主を起こして室内に入れてもらわないとならない。
ふわっと流れてきた風に、錆びた鉄のようなにおいと火薬のにおいがしたような気がした。
風が流れてきた方を見るが、わからない。
主に伝えなくてはと思うが、主は一向に起きる気配がなかった。

目を開けると、外廊下の石の上だった。なんで? と思った瞬間、頭が覚醒する。もうかなり明るくなっている。
体を起こして、腰壁の上に鎮座するムーンストーンに「声かけてよ」と言う。
手をのせると「何度も声かけたんだけど、一向に起きる気配がなくて」と返ってきた。
「そう言えば……」と持ち上げて部屋に向かう途中で声がした。
「西の方からにおいがした。錆びた鉄のようなにおいと火薬のにおい」
でも、薄くて気のせいかもしれないけど、と言われ西の方を見る。あっちの方角は確か……。
石を定位置に置いて、世界地図を広げる。自国から手のひらを西の方角に動かしていく。
やはりこの辺になるのだろうか?
隣同士、馬が合わずにいつも戦争をしているあたりに指を残す。
最近は双方ともに大人しくしていると聞いていたが、大人しくしていたのではなくて戦力を貯めていたのだろうか?
いつもは小さな争いだが、今度は大きなものになるというのだろうか?
あれが臭いに気が付いたというのが引っかかる。
地図から手を放して大きく息を吐いた。
かなりの距離があるし、自国までの間にまだいくつも国がある。
あれも気のせいかもしれないと言っているのだ。
来るかもしれないし、来ないかもしれない。
それでも、嫌な予感は消えない。
遠くない未来に終焉の気配を感じた。


#11

春から夏にかけての日常

 何もない春のある日、私はフライパンで餃子を焼いていた。
 はじめは無視しようと思っていたのだが、君も食べるかと聞いてみると、「そこまで言うなら食べてあげてもいいわ」とアマビエは言った。
 皿に盛られた餃子は十二個あり、アマビエは四個食べ、私は八個食べた。
 誰かと一緒に食事をするのはずいぶん久しぶりだから、もうそれだけでお腹いっぱいになったよと、私は誰に言うでもなくつぶやいた。
 するとアマビエは、「アタシもお腹いっぱいになったから、今日はもうお腹いっぱいになった記念日にしましょう」と言ってごろんと横になり、そのまま眠ってしまった。

 それからアマビエは、なんとなく部屋に居着いてしまったのだが、いつも部屋にいるわけではなく、私が一人で居たいときには、何かを察したようにどこかへ姿を消した。
 別に気を使わなくていいのにと私が言うと、「アタシにも色々都合があるからそうしているだけ」とアマビエは言って、ティッシュで鼻をかんだ。
 アマビエの都合は知らないが、お互い邪魔にならない距離を保てるのはいいことだ。
「でも、相手のことがまったく邪魔にならなかったら、そこには何の関係も生まれないわね」

 春から初夏に季節が変わった頃、アマビエは不意に「アタシのことを絵に描いてもいいわよ」と、私に言った。
 私には絵を描く趣味はないし、何かを描きたいと思ったこともない。
 だから最初は意味が分からなかったのだが、きっとアマビエは自分の絵を描いて欲しいんだなと思って、適当な紙と、ホコリをかぶった鉛筆を探し出して描いてみることにした。
「別に上手くなくてもいいから、かわいく描いてね」とアマビエは注文を付けてきたが、画力のない私が、かわいく描く方法なんて知るはずもない。
 鉛筆で頼りない線を引きながら十分ぐらいで描いた絵を見せると、「わあ、思ったより下手」とアマビエは言った。「でも、あなたが描いてくれたことが嬉しかったから、今日は絵が下手でも気持ちが伝わればいいことにしてあげる」

 私の描いた下手くそな絵は、部屋の壁に貼られてしまい、始めは恥ずかしかったが、だんだん部屋の一部のようになって、今は気にならなくなった。
「アタシが居なくなっても絵を剥がしたらダメだからね」とアマビエは、昨夜私が見た夢の中で言っていた。
 そのことを話すとアマビエは、「確かにそんなことを言った気がするけど」とつぶやいた。「あれは、夢だったのね」


#12

2020年5月17日(日)夜7時54分〜

この春から始まる新番組「楽しいこと全部やる」から出演オファーが来た。全部の芸能人が集まって、この世にある全部の楽しいことをするのだという。雑なコンセプトに対し、断言する感じのタイトルが怖すぎる。しかし現在、芸人とは名ばかりの無職をやっている自分が仕事を選べるはずもないため、受けることにした。慢性的に腹が減っているので考える力も落ちている。生活や心に余裕がないと何かを疑うことも出来なくなるなと思った。その後、番組側から打ち合わせなどの連絡は一切無く、集合場所が記載されたメールだけが一通送られてきた。

そして収録当日。指定された奥多摩のゴルフ練習場に来た。実在の1ホールを模して作られたとのことで、グリーンやバンカーはもちろん、OBの林の中まで忠実に再現してある。そしてその全てが人で埋め尽くされているのを見て、改めて全部の芸能人という謳い文句を思い出した。とは言え、ざっと千人だろうか。この程度の人数を集めて「全部の芸能人」と言い切る感覚はやはり怖すぎるが、とりあえず企画自体が実在したことに少し安心した。人混みの中をよく見ると、拡声器で何か叫んでいる人が数人いる。あれが恐らくスタッフなのだろう。何か大事なことを言っている気がするが、騒めきに掻き消されて聞き取れない。そんななか唯一「全ての芸能人が集まりました」だけははっきり聞き取れた。そんな訳ないだろと一瞬思ったが空腹で思考が連続せず、すぐにどうでもよくなった。自分が一生のうちに見た芸能人なんてこんなもんかもしれない。
「貴方がたまたま合わせたチャンネルに写っている世界だけが芸能界と呼べるのです」
急に耳元で囁かれたので驚いて振り返ると、そこにはかつてタメ口キャラで一世を風靡した女性モデルが立っていた。反応に窮す私を尻目にモデルは、あのキャラは事務所の意向だったこと、普段は芝犬以外の犬を全て「畜生」と呼んでいること、他人の寿命を正確に当てられることなどを矢継ぎ早に話し出したため、私は会話が出来ない人の視界に自分の人生が入ってしまった恐怖で立っていられなくなり、這いつくばりながら出口へ向かい、そのまま帰宅した。

後日、当然ながらギャラは振り込まれなかったが予定通り番組は放送されたとのことで、一応、違法アップロード動画で確認してみたが、投稿者が検閲を免れるため意図的に小さくした画面サイズのせいで、何をやっているのか全然わからなかった。


#13

不幸になる薬

発明家の先生を誇らしく思っていた。人の幸せを研究していて、飲むだけで人を幸せにする薬を開発しようとしていた。そんな夢のようなことを本当にまじめに実直に研究していたので、そんな偉大な発明で、人のために力を尽くす先生をかっこいいと思っていた。先生はきっとできると思っていたし、助手の私もそう思っていた。そして、密かに先生に恋もしていた。
失敗続きで資金もわずかになっていた。そんなとき、先生は変なにおいのする泥のような液体を持ってきた。「飲むだけで不幸になる薬だ。とんでもない発明だ。」やつれた顔で笑う表情に、かつての実直だった先生はもうそこにいないと気付いた。
不幸になる薬は、これまで先生の発明を嘲笑してきた顔見知りの発明家や科学者数人で試された。ばれたら大問題だが、先生は実行してしまった。研究発表の場でこっそり料理に混ぜ込んだと言う。顔見知りだった発明家は発明に失敗して事故を起こしたり、ある科学者は過去の論文ねつ造が明らかにされたり。もちろん身から出たさびもあるが、実直な先生を尊敬する気持ちは完全に消えた。先生のこれまでの研究はこんなことのためにあったのではない。私は絶望して助手を辞めた。

数か月経った。
薬を知らぬ間に盛られた人たちを私は密かに注視していた。私も先生の研究を長く支えてきたものとして責任を感じていた。どうしようもなく不幸になっていけば、何とか助けなければならない。だが、それは杞憂だった。
発明家は、発明の失敗から再起していた。発明家は失敗続きなのだが、先生もそうだったように、失敗に慣れているのだ。たくましく研究を続けていて、何の縁だか宇宙開発のチームに参加している者や、あるいは、事故ですべてを失ったものの、宗教に目覚めて仏道に入った者まで、この失敗をきっかけに新たなスタートを切っている者ばかりだ。論文ねつ造が発覚した科学者は、その結果ばかりが求められる科学の変革が大いに盛り上がって、研究倫理の改革についてコメントする立場になって、自分の新たな居場所を見つけていた。
発明は成功していたのだ。彼らは一時的に不幸となったが、禍福は糾える縄の如し、幸せになっていったのだ。本当は自殺でもする覚悟で持ち歩いていた、あの不幸になる薬のカプセル…私もこの薬を飲もう。

先生は政治家と手を組んだ。例の薬の軍事利用を研究しているとか。
あの薬を発明して一番不幸になったのは先生だったに違いない。


#14

つながる、あるいは、おそれる

 そこは真白な部屋の中で(おそらく)、わたしはその中央(おそらく)にぽつんと座っている。その大きさも形状もわからない。ただ、ここは部屋の内部で(おそらく)、外部と区切られた空間だということはわかる。だって誰の姿も見えないし、音すら何も聞こえてはこない。ただ、わたしが身動きするささやかな音しか、わたしの耳には届いてこない。
 目の前の机の上には四角い箱らしきものが置いてあるけれども、うんともすんとも言わない。とりあえず叫んでみるけれども、それに対する反応は何ひとつ返ってはこない。ぐるりと見回してみるけれども、扉らしきものはどこにも見えない。とりあえず立ち上がって歩いてみるけれども、どこまで行ってもいつまで経ってもその真白な部屋の壁らしきものにまで辿り着くことさえできない。不安になって後ろを振り返ると、あの四角い箱の姿がようやく認識できるぎりぎりの位置にいることに気づく。あらためて大声を上げてみるけれども、やはり何の反応も返ってはこない。わたしは大急ぎで元来た道(おそらく)を四角い箱のところまで引き返す。
 どうやらわたしはここにひとり置いておかれてしまっているらしい。あるいは監視されているのかもしれないとも思うが、このだだっ広い(おそらく)空間のなかでほんの小さな存在でしかない(おそらく)わたしをどうやったら監視できるのか、わたしにはわからない。体温感知? 発生音感知? 気づかぬうちに、わたしに何かセンサーが埋め込まれた? この部屋自体が中にいるあらゆるもののすべてを感知できるものすごい装置? あるいは、ものすごく巨大な生物に呑み込まれてしまった?
 もしくは、本当にただ取り残されたのかもしれない。そして、もう戻ることはできない。もうどうしたって、誰とも何ともつながることはできない。
 わたしは床(おそらく)に座り込み、目の前の四角い箱に手を伸ばす。他にできることは何もない。もうこの箱しか、自分に残されたものは何ひとつないのだ。
 箱を撫でて、声をかけてみる。
 おはよう。
 途端に真白な部屋に明るい色が差した。そして、天上から声が降ってきた。
 おはようございます。目が覚めましたか?
 それは聞いたことのない声だったけれども、わたしは返事をした。泣きながら。繰り返し繰り返し。おはよう、おはよう、おはよう。
 おそらく、もう少しのあいだ、このままここで生きていくことができる。おそらく。


#15

星と花

「ねえ、あれ見て」
 彼女が伸ばした指先の向こう。夜闇が降りてきた窓の外に視線を向ける。
「アンタレスだ」
「ヨルガオよ」
 言い直されて、二人で小さく笑った。
 僕は地平線近くの赤い星に目が行ったが、彼女は窓の手すりに絡まる白い花しか見ていなかったのだ。
 お互いの趣味が見事に表れていた。僕はそのとき工業大学で航空宇宙工学を学んでいて、彼女は専門学校のフラワーデザイン科だった。
 学生生活の様子はまったく違っていたが、それでも彼女は僕の学校での話を聞きたがった。
「明日の講義ってなにやるの?」
「昼からの一般相対論だけ。朝は課題でもやってるかな」
「へー。相対論って聞いたことあるけどよくわかんない。簡単に言うとなんだっけ」
 どう説明しようか迷ったが、アインシュタインの名言に頼ることにした。
「熱いストーブに手を置くと一分間を一時間に感じ、可愛い女の子と一緒なら一時間を一分間に感じるという話」
「じゃあ今は、三時間いても三分のように感じられる?」
「そうだな。今が一瞬で終わってしまう気がする」
「ありがと」
 そう彼女は微笑んだ。だがすぐに笑みを消して言葉を続ける。
「でもわたしは逆ね。楽しく美しい時こそ永遠に続く気がする」
 透き通った眼でそう語られる。
 僕はさっきとは違う視線で窓の外に目をやった。
「あの花も、ずっと咲き続けると?」
「ううん。ヨルガオは朝になったら萎れる。でもまた次の花が咲く。秋になって枯れても、翌年にまた種から芽を出す。そうやっていつまでも続いていく。あの星と一緒に咲き続けるの」
 ヨルガオの向こうのアンタレスを眺めた僕は、またも風情のない言葉を返した。
「あれは赤色巨星だから、数万年ぐらいで爆発してなくなるかもしれない」
「じゃあ、星より花の方がずっと続くかもね」
 その最後の言葉と笑顔は今もはっきりと僕の記憶に残っている。
 その夜の帰り道に、彼女は暴走車に突っ込まれて海へ落ちていった。彼女の親に嫌われていた僕は葬式にも入れてもらえず、脳裏に残った姿だけを形見にした。
 メッセージの着信音がしたので我に返り、ディスプレイに目を向ける。
 同僚からの興奮した文面は、月面での植物発芽実験の成功を告げていた。
 その興奮に乗れずにディスプレイを消した。黒くなった画面に疲れた初老の顔が映る。
 あのときの僕はもうどこにもいない。
「星より花の方がずっと続くかもね」
 微笑んでくる彼女は、永遠になっていた。


編集: 短編