# | 題名 | 作者 | 文字数 |
---|---|---|---|
1 | 一歩手前 | 糸井翼 | 1000 |
2 | ポスト兵馬俑 | きえたたかはし | 994 |
3 | 風待ち鷄 | ゼス崩壊 | 1000 |
4 | 初恋 | わがまま娘 | 994 |
5 | ストライク! ストライク!! ストライク!!! | テックスロー | 999 |
6 | 裏通りの目薬 | しおん | 999 |
7 | スマートタタリ | えぬじぃ | 1000 |
「ええっ、まだ付き合ってないの?」
友達が迫ってくる。この展開は毎度のことだが苦手だ。
「だから・・・そんなんじゃないんだって」
「そんなん、って何よ、佐藤くんだよ?」「つばさはそれで良いの?」
「うーん・・・」
クラスで一番のイケメン(と私が思っている)佐藤くんとGWに二人でみなとみらいに出かけた。第三者から見れば、高校生の男女が休みに港町、なんて、確かにカップルに見られてもおかしくない。自分でも、そういう年齢だよね、とは思う。ただ、そんなんじゃないんだって。私と佐藤くんとじゃあ釣り合いが合わない、というのもあるけれど、こんな私と一緒にいたのは、幼馴染だから、というだけ。
「二人でどんな話してんの」
「ええっ、あそこのお店美味しそう、とか、天気が気持ちいいね、とか、あっ、でもこの前は・・・」
そういえば、帰りの桜木町駅で珍しく佐藤くんから恋愛のことを聞かれたっけ。
「つばさは恋人とか作ろうとは思わないの」
「んー、いたら楽しいかも、とは思うけど、ちゃんと恋人になれる自信はないですね。私、どんくさいし、なんか、そういうちゃんとした関係にはなりたくないような」
「まあ、難しいよね、たぶん」
イケメンなまま佐藤くんは「おれもそう思うわ」
「それだわ」友達がやれやれ、と首を振る。「そこで、恋人になろうよ、って続くはずだったんだよ、それなのに変な答えをするから」
「いやいや、ないって。それに佐藤くんも、おれもそう思うって言ってた・・・」
「あんたに合わせてくれたんでしょうが」
「いや、でも私なんて『オンナ』と思われてないし・・・」
「なんでそんな自信ないの!」
面倒くさくて、走って逃げちゃった。後ろでキャーキャー声がしている。
休み時間は学校内カップルの時間でもあるみたいで、食堂にはカップルの姿がちらほらあった。気まずい。隣の売店に入ると、佐藤くんが買い物をしていた。よくこの休み時間に間食を買いに来ているんだった。
「あっ」今まで話題に挙がっていた本人と出会ってしまった。
「つばさ、よっ」
「そのおまんじゅう、好きだよね」
「安くておいしいから。そこでちょっと食べて行こう、少しあげる」
私は佐藤くんの幼馴染、かつ、一ファンに過ぎないから。好きじゃないの?って聞かれると答えに困るけど、まさに今、この関係性で一緒にいたいと思うのは、そんなに間違っていることかしら。
半分くれたおまんじゅうはあんこがぎっしり詰まっていて甘かった。
私は市役所の福祉課で働いている。仕事の半分が事務、もう半分が市の広報新聞をつくることだ。仕事柄、地元の人と話すことも多く、農家のお父さんや学校の先生とも顔なじみだ。
ある男と出会った。彼が市の図書館に蔵書を寄付をしたことがきっかけで取材をするために彼の家に行ったのが我々の出会いだった。
男の屋敷は門から玄関まで石畳になっており、和風の庭園の中を緊張しながら歩いたのを覚えている。玄関に入ると薄紫のワイシャツを着た初老の男性が待っていた。男は愛想よく私を出迎え、奥の書斎に通した。
男は取材にハキハキと答え、寄付の資金源や、蔵書の寄付についてわかりやすく答えた。見た目より心が若いという印象を受けた。取材は無事に終わった。そこで我々の関係は終わるはずだった。
数週間後のある日、福祉課に抗議文が届いた。そこにはその男の名前と駅周辺の再開発中止を求める抗議の旨が記されていた。再開発は数年前から行われており、現段階になって何故そのような抗議をあの男がするのか私は気になってしまった。
休日、もう一度あの石畳を通り、男に会いにいった。男に来訪の理由を告げると彼は困ったような顔で書斎ではなく裏庭の倉庫に私を通した。
広い倉庫の中にはたくさんの郵便ポストがたくさん並べられていた。一面に並べられたポストたちは兵馬俑のようだった。
「もうだいぶ昔のことですが、恋人と文通してたことがありまして、そこからなぜかポストというものにすごく惹かれてしまいまして。」
倉庫のなかには不気味な沈黙が流れた。老人は倉庫の中では十歳ほど老けてみえた。
「駅前のポストは私がその恋人に宛てて数えきれないくらいの手紙を入れたポストなんです。」
沈黙
「ここにあるポストは皆死んでいます。私はポストを集めてそのことに気が付いたのです。手紙の投函されないポストは日の当たらない植物のように...」
そこで言葉が途切れた。
「抗議が無意味なことだというのはわかっています。」
そういって悲しく笑った。
数か月して予定通り再開発が行われ、駅前のポストは失われた。男は後を追うようにこの町からいなくなった。
一年後のある日、再び図書館に多額の寄付と同時に一冊の本が寄贈された。その本は「ボトルシップ」に関する本だった。
死んだポストの代わりに彼が何を選んだのかはわからない。ただ私としては手紙を届ける手段が何か一つでもあればいいと思う。心から。
行く手を遮るブナの梢を慎重に手で払いながら藪漕ぎを続けること二時間、不意に木々が途絶え、一気に視界が開けた。なだらかな稜線を青い芝生が囲み、空には薄いガスのような雲が幾つも浮かんでいた。
山の頂きに、目指す教会の赤煉瓦が見えた。ここまで来れば残りあと僅かだ。駆けるように稜線を登った。
頂上からの景観は圧巻だった。広大な関東平野が陽の光の下にくっきりと輪郭を浮かび上がらせ、そのはるか彼方には青く輝く帯のような太平洋まで見渡せた。
教会は長年の風雨にすっかり痛んでしまっているようだった。赤煉瓦はあちこちひび割れ、亀裂からは名も知らぬ草花が我がもの顔に根を生やしている。
教会の屋根には、青銅板をくり抜いて造られたものらしき、一羽の風見鶏が飾られていた。可愛らしい小さなトサカと豊かな尾羽が美しいカーブを描き、影絵のようなシルエットを浮かび上がらせている。
役場で貰ったパンフレットを開く。簡易的な地形図が描かれた紙の端に、教会の写真と紹介文が載っていた。
──教会の建築は十六世紀末期。スペインから渡来した一人の宣教師が私財を投じ建築を依頼したとされる。宣教師は数々の迫害や弾圧を受けながらも、この地で生涯を伝道のために捧げた。屋根の上には風見鶏が飾られており、宣教師が故郷のバスク地方から持ち寄ったものだと伝えられる。教会内部には翼を広げる鳳、フェニックスのモザイク画が飾られているが、床板の腐食が著しいため見学は不可、と書かれていた。
いつしか風が出てきていた。
風見鶏がキイキイと喘ぐような金属音を軋ませたが、微かに風に揺られただけで、ほとんど動かなかった。あるいは基部の回転盤が錆びついて動けないのかもしれない。風見鶏はまっすぐに海の方角を向いていた。
空は群青から薄紅や紫へと色を変え、辺りは黄昏の刻限を迎えようとしていた。
今から下山するのは少々心許ない。幸い、ザックの中にはシュラフも充分な食料も揃っている。今夜はここで野宿だな、と心を定めた。
その夜、不思議な夢を見た。
夢の中で風見鶏は巨大な翼を持つ鳳となって、自由に空を飛んでいた。鳳は時折翼をぐんと力強く羽ばたかせ、自在に風を操った。
風が一段と強くなった。鳳は嬉しそうに喉を震わせ、鳴き声をひとつ上げた。
そのまなざしの先に白波を立てる海原がどこまでも広がっていた。それはやがて懐かしい故郷へと繋がる、果てしない海だった。
「みんな、緑色のお飾りつけてる。私も欲しい」
腕に抱いた小さな女の子がそう言った。
露店に並ぶ緑色の石の装飾品。外交を行わないこの国の人は、その石の価値を知らないのだろう。その辺に転がっている石ころみたいな値段が付いていた。
「じゃぁ、好きなの見ておいで」
彼女を腕から降ろすと、露店に向かって走っていく。その後ろ姿を見て、小さな彼が言った。
「あっちに、似合いそうなのあった」
おや? っと思った。
彼女を呼び戻して、彼の見つけた露店まで行く。確かに小さな子が付けるにはいい色なんだが。
後ろからリンの慌てた声が聞こえた。わかっている。
この国の人にとってはただの石ころでも、一歩外に出たらこの石は異常に価値がある。特にこの色は希少だ。
参ったな。それでも、この国の未来の王様がこれが良いと言っているのだ。無下にするわけにもいかない。私は腹をくくった。
「これにしようか」そう言って、私は店主に対価を支払った。
今でも彼女の耳元でその石は揺れている。
「もうひとつ、付けない?」
寄ってきた彼女の耳に、先日職人に加工してもらったらエメラルドグリーンの石を付けた。
この石は、結納の証でもらったものだ。これは私の想像でしかないが、多分この色はあの王子様がこの娘を想像して、今ならこの色と思って寄こしたのだろう。
「重い?」さすがにふたつは耳が痛くないかと付けてから思った。
「ううん。大丈夫」ニコッと笑う彼女の耳でふたつの石が揺れた。
彼女によく似合っている。ふと思って、溜息が出た。
ここまで計算されていたのだとしたら、怖い。
まさか本人が迎えに来るとは思っていなかった。そこまでして、あの王子様はあの娘が欲しかったのか。異例づくしの事態に、あの国はさぞ混乱しているに違いない。
「初恋だったんですって」
列の最後尾が豆粒の大きさになったところで、私は隣にいた兄に言った。
「どっちが?」
「どっちも」
「だから、俺の反対押し切ってまで進めたの?」
チラッと隣の兄を見る。
あの国でひとりになるのなら行かせなかった。でも、リンが側についているなら大丈夫だと思った。
「この選択が双方にとって幸せだと思っていますので」
「ふ〜ん」そう言って、兄は建屋の中に戻っていく。
「心配されているんですよ」兄嫁にそっと耳打ちされる。
「引きずりすぎです」苦笑いをして答えた。
見えなくなった列の後ろに頭を下げる。
どうか彼らにこの先も神の祝福と加護があらんことを。
球場、放水、虹、土の匂い、アルプス、外野席、応援団、ダイヤモンド、内野前進、サードランナー、三歩半、ピッチャーの目が刺す釘、マウンド、プレート、スパイク、スパイクの靴紐、アンダーソックス、ソックス、灰色の長い足、ベルト、ボタン、ボタン、ボタン、ボタン、ボタン、学校名、インナーシャツ、あごから汗の玉、唇、舌なめずり、日焼けした鼻から吸気、排気、吸気、排気、サードランナー、体重移動、バッターボックス、ヘルメットのつば、バッティンググローブ、金属バット、右手で一回転、のびをして縮む、バッティングフォーム、大歓声、マウンド上、セットポジション、左スパイクが離陸、足首の角度、膝の角度、土埃、右スパイク、カタパルト、射出準備、腰の回転、左スパイクを遠く、右スパイク蹴り出し、左肩、胸、あご、右肩、右肘、右手首、中指人差し指、ボールの回転、射出、ストレート、アウトコース、低め、大口のキャッチャーミット、喉の奥、ボールが叩く、ストライク!
首を振る、首を振る、首を振る、頷く、セットポジション、クイックモーション、足首、扇風機、胸板、膨らむ学校名、手首の静脈、日の出のように手首から現れる白球、縫い目の崖、人差し指に中指、ストレート、回転体、ど真ん中、バッター、空を切る、仰ぎ見る空、雲の白、ストライク!!
アルプス、山燃える、赤と青、蝉の声、汗の環流、ロージンバッグ、白い煙、おもむろにワインドアップ、両腕で作る二等辺三角形、頂点、南中、正午、太陽光線、グラブとボールの影、隠れるピッチャーの顔、まばたき、サードランナー、走駆、ピッチャー、グラブ、二等辺三角形、鈍角、腰の回転、弓なり、ふくらはぎ、足の甲、一直線、右スパイク蹴り出し、左肩、胸、あご、右肩、右肘、右手首、手首の地平線、ボールの縫い目、中指人差し指、爪の赤み、つぶれる肉刺、血液、縫い目の赤、指紋噛み込み、痛覚遮断、振り下ろす、縦回転、ストレート、初速、加速、追速、伸速、直速、貫速、真ん中高め、伸びるキャッチャーの膝関節、サードランナー、ヘッドスライディング、スラッガー、引き付け、左肘、左手首、グリップエンド、グリップ、銀色バット、動体視力、フルスイング、残像を切る一歩先、キャッチャーミット、破裂音、土煙、ピッチャーの口角、遅れてきた痛覚、主審の横隔膜、サードランナーがつかむ土、舞い上がるヘルメット、16分休符、ストライク!!!
「何でも人の心が見えるようになりますよ、この目薬は」
そんなひそひそ話を横に、私は商店街を突っ切った。
妹の真美と約束しているのだ。急がないと!
海に近い港町の商店街だ。
船の出航時間に合わせて、私は走った。
今日からアメリカへ船で向かうのに、仕事を終えられず、ギリギリで家を出た。
様々な会話や掛け声も聞こえるけど、今そんなこと、どうでもいい。
間に合わなければ、コンサートに行けなくなる可能性、高くなる!楽しみにしてるなんてものじゃないのに!
頭痛を感じた。息切れも激しい。クラクラする。風邪?
目もゴロゴロしてきた。何でこんな時に!
私は急いで目薬と風邪薬を買いに行った。
あれ?こんな店先の薬局だったかな?
普段、薬知らずだから、いちいち薬局の雰囲気なんて覚えてないけど、違和感を感じた。
薄暗い店内に入り、老婆から目薬を購入した。
目薬はこれ一つしかないと、頼りないことを言うのだ。
「目がゴロゴロして……」
と言ってる傍から、店の奥に行かれてしまった。
仕方なく、えいっ! と目薬を差した。
あ、そうそう、風邪薬も……と思った。
「すいませーん!」
と呼んでも、暗い店内から返ってくるのは、「シーン」だけだ。
私は仕方なく店を出た。
時間もない。……ん?
あれ?
アメリカを思わせる海岸?え、ここ日本……。
え?私、混乱してる?
あの人……どうして、ここにいるの?だってあの人は……。
「お姉ちゃん!」
真美にがばっと肩を掴まれた。
「早く捨てて!」
手にしていた目薬を、無理矢理奪われた。
「探したよ!商店街の裏通りは行っちゃダメて、皆に言われてるの忘れたの!?」
「えっ?裏通りなんて行ってな……」
嘘!裏通りだ!表通りの肉屋の店先、ここから見えるということは、私、なんで!?
「お姉ちゃん、焦りすぎ!」
私はハンカチで目を何度も拭った。
薬局の奥の暗闇から、鋭い視線を感じる。
裏通りは昔から、地元の人間でもクネクネ道に迷い、辿り着くことすら難しい場所だ。
なんでこんな時に……。
私は涙をポトリと落とした。
鋭い視線は、闇に消えた。
「お姉ちゃん!泣けて良かった!目薬の呪いから助かったよ! 何でも見えるかわりに、明日、命を落とす目薬から助かるには、愛する人を思っての涙しかないの!」
真美もボロボロ泣いていた。
私たちは人目も憚らず、泣きながら港へ走った。
汽笛の聞こえる船に飛び乗る。
私たちは、久しぶりに手を繋ぎながら、遠ざかる故郷を眺めていた。
オカルト系の記事を書く仕事をしているが、そういうものを信じたことはない。心霊現象があれば面白いだろうが、ないものはない。
そういう醒めた目で怪奇記事などを書いていたら、編集長が面白い提案をしてきた。
「呪われた屋敷に住んでみないか?」
なんでもそこに住んだ人がすべて謎の失踪を遂げるという。しかもその土地にはむかし首塚があって……という話だ。
「お前は霊とかまったく気にしないだろ。なにか心霊現象が起きたら記事にしてくれ」
そういうわけで住み始めた。だがもちろんなにも起こらない。
過去の住人すべてが失踪したというが、調べてみれば入居したのはたった三人。しかも全員まともな職業についていない。安い家賃につられて生活が不安定な奴が入居し、借金がかさんで蒸発。まともな退去ではないので悪評で家賃が下がり、もっと生活が怪しい奴が来る。その繰り返しのようだ。
首塚もあったらしいが、そもそも中世まで遡れば全国いたるところで戦乱があったので、古戦場や首塚なんてよく探せばごろごろある。ただの偶然だろう。
そんな醒めた話を書いても面白みもなにもないので、首塚の記録を見つけたことや今までの失踪者の来歴などをちょっと不気味な雰囲気をまとわせた記事に仕上げて編集長に送ってみた。すると採用されて、なかなか好評になったらしい。
だがちょうどその直後、面倒なことが起こり始めた。
SNSで俺に向かって「いい加減なことを書くなクソ野郎」だの「幽霊ネタで小銭稼ぎをするクズ」などの誹謗中傷がちらほら寄せられるようになったのだ。
警察や弁護士に相談するほど酷いレベルではない。だがなぜかやけに癪に障り、腹立たしい。仕事への集中力もなくなってくる。
スランプのようになってしまった俺に、この物件を紹介した編集長が心配して電話をかけてきた。俺は苛立ちを込めながらこれまでの経緯をすべて話した。
一通り聞いたあいつは、ぽつりとこうつぶやいた
「それはお前、祟られてるんじゃないか」
それを聞いた俺はカッとなった。馬鹿なことを言うな。非科学的な現象なんてなにも起きていないぞ。祟りというならラップ音がするなり、不気味な人影がでるなり、原因不明の病気になるなり、そういうことが起こらないと困る。これじゃ記事にもできやしない。
そう興奮した俺に向かって、あいつは妙に醒めた声で言い返してきた。
「だからだよ。お前に対してはそういう祟りなんだよ」