第213期 #7

サイレン

僕はどこにもいない。
教科書の隅にも、吊り広告の見出しにも、街の人波にも、どこにもいない。

僕は僕を探している。いつからだろう。ずっとだ。
なぜ僕は僕を探すのか。心の拠り所が無いからだ。確かに信じられるものなんてこの世に一つだって無い。家族も学校も友人も。皆ツクリモノで出来ている。定型句で話し合っている。それがとても空っぽに思えて、その糸を掴もうとしても隙間からするりと解け落ちてしまう。もう何年も前に諦めてしまった。今はそんなものを掴もうとする自分さえ馬鹿げて思える。

だから、僕は僕の確かなものを僕の手で見つけ出してみせる。それが僕の「僕を探す」という行為だ。僕が僕でいる理由を探している。その他大勢でなければ、何かの一部でもないという理由。僕は僕に固執しているのかもしれない。

人は音楽の歌詞や小説の一文なんかに自分を見つける。それは「共感」と言えるかもしれない。まったくの別人が創作したものの中にまるで自分の話をされているかのような感覚を見いだす。あくまでも創作。本当か嘘かもわからないような世界に、だ。その感情が突出したものであれば涙を流したりもする。そんな人間はお手軽だ。そんなことで「私は一人じゃない」なんて自己陶酔もいいところだ。全く理解できない。

何年も時が経った。相変わらず僕は街に溢れるものの中にはどこにもいなかった。だけど僕は僕を見つけることが上手くなっていた。そうだ。やはり僕は僕以外のものでは無かった。悲しみでも切なさでも朗らかさでもなんでもない。つまり誰かや何かに表されるものではない。それが僕だった。この世は僕と僕以外のもので出来ている。僕ではないものが僕の存在を確実なものにさせた。僕はこの世界とは相容れないことに気づいていた。

ある日射しの強い日、いつもは聞こえないサイレンが鳴った。サイレンのけたたましい音が流れ続けるには1分間は充分に長い。無機質で単調な響きだ。ただうるさいだけの時間。鳴り終わっても耳に残る残響はどこまでも存在し続けたい生への執着を語るようだった。



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