第213期 #6
東京の義理の叔母から電話があった。
「由美子と連絡取れないのよ。見てきてくれない?」
由美子さんはうちの近くの京都の大学に進学していた。年が近いからあなたがいい明日中に結果報告しろと東京弁が言って、返事する間もなく電話が切れた。
翌日、由美子さんのアパートを訪ねた。チャイム、ノック、反応がなかった。ドアノブを回すと鍵がかかってなかった。とっさに刑事ドラマの冒頭お約束シーンが頭に浮かび、ドアを開け中に入った。
「由美子さん」
奥のベッドにうつ伏せていた。駆け寄ると、彼女は目を開けた。
きれいに揃った黒い睫毛と描く必要のない美しい眉。厚みも色も薄い唇は新種の果物のように濡れていた。
「お母さんが、連絡こうへんから心配やて」
「…………」
「ほな伝えたから」
私が帰ろうとすると、
「冷蔵庫。水。持ってきて」
私は冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して彼女に渡した。桜貝のような耳の下に数学的に計算され尽くされたおとがいのライン。蠢く細い首。鎖骨。肩に垂れた黒髪。
「ほな」
「待ちなさい。私病人よ。インフルエンザかもしれない」
「…………」
「お粥作って」
「作られへん」
「のど痛い。けど、お腹空いた」
「なんか買うてくるわ」
彼女は立ち上がり戸棚から財布を取り出した。ノースリーブの二の腕が上がると、毎日丁寧に剃毛され日の当たらない脇の下が透き通るように白かった。
私は近くのスーパーで彼女に指示された食材を買って届けた。
「明日も来て」
「なんで」
「私の、風邪の、治るまで」
それから数日間、私は彼女に食材や身の回りのものを買って届けた。彼女は咳も熱もない様子だった。その日も彼女のアパートに向かうと、彼女の部屋のドアが開き、男が出てきた。男は私を一瞥しただけで足早に立ち去った。彼女の部屋に入ると、泣いていた。
「こんなもの」
テーブルに叩きつけた茶封筒から1万円札の束がはみ出した。
「帰って」
「どうしたん」
「風邪は治った。だから帰って」
「お母さんに連絡したん」
「うん」
私はそれ以上聞かず帰った。あれから二度と彼女に会わぬまま20年が過ぎた。あのとき一瞬見た男の顔を忘れることができなかった。なぜならその後しばしばテレビで見るようになったからだ。あのとき駆け出しの府議会議員だった男は、今府知事になっている。
先日、彼女の訃報が届いた。私は辞書を引いて美人薄命の項を読んでみたが、特段有用な情報は書かれてなかった。