第213期 #4

リアル

 近未来、爆発的に売れた商品があった。ゴーグル型で、これをめがねのように頭部に装着すると目の部分の映像モニターに自分の視野に入った人間すべて、自由に設定したテクスチャをを適用して表示してくれるという機器だ。人の見た目を自分の好みに変更して見ることができるということである。
 高精細な現実の人間と変わらないテクチャから、アニメキャラのようなテクスチャなどいろいろな設定が出来るようになっていた。
 もはや、人間の見た目に性別も年齢も美醜も関係ない。顔形、服装、なんでも自由自在に変更できるのだ。特定の人ごとに見た目を設定することもできるし、ソフトウェアの「おまかせ」でもよい。好きな相手はより美しく。嫌いな相手はまるで悪魔のような見た目になど、会った時は全て設定通り表示されるのだ。
 これを手に入れ、装着した人間は、自分の欲望をリアルタイムで実現してくれるから、心の底からハマってしまい、ずっとこの機器を通した世界を見て生活するようになる。そして、そういう生活をしていると、相手が本当はどんな顔だったか忘れていってしまう。現実がどんな世界だったかということを。
 ある青年がこの機器を装着して生活していた。半年つけたままである。
 ある日の仕事帰り、彼は道でバランスを崩して転倒し、したたかコンクリートの路面に打ち付けられた。すぐには起き上がれずにうめいている。どこか出血もしている。青年は病院に運ばれた。
 病院に着きストレッチャーで処置室に運ばれた青年は医師や看護師数人に囲まれる。
 看護師が青年に呼びかけ、「いちにのさん!」のかけ声とともに、数人の看護師が力を合わせて青年を抱え上げ、ベッドに移した。
 医師が青年をザッと見て、
「服は切って脱がせるか。頭にも傷を負っているから、まず検査が必要だな……」
 看護師は青年の耳に近いところで話しかける。
「頭にケガをしていますから検査をします。頭の機器を外しますね〜」
 看護師がうむを言わさず青年の機器を取り外す。
「う、うぁぁぁぁー!」
 青年は間近に看護師の顔を見たとたん絶叫し、そして目を剥いて、そのままパタリと動かなくなってしまった。
「ああ、またか。ケガはたいしたことなさそうだったのに、現実世界を見たショックで心臓が止まってしまうなんて……でも、アタシの顔を見て死ぬなんて、失礼しちゃう」
 さて、青年は人の見た目にどんなテクスチャを適用していたのか。



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