第213期 #3

運送屋の憂い

 しとしとと、雨が降る。数日振りの雨だった。ラジオからは「こんな天気の悪い日は、テンションが下がっちゃいますねーっ」と、やけに陽気な女性の声が聞こえていた。飄々とした声に「このラジオDJ、テンションなんか下がってないじゃないか」と思ったのは私だけじゃない気がする。
 因みに私は、雨だからと言って特別気が滅入るなんてことはない。まぁ、傘を持ち運ぶことで生じる片手が塞がる不自由さや、風景の写真を撮ろうにも映えないってのは残念ではあるけれど、雨の日ならではの楽しみもなくはないのだ。お店や病院は普段より空いているし、近所のスーパーは雨の日だとポイントが多く付与される。雨降って地固まる、なんて言葉もあるが、雨の日はどこか心がシンとして冷静になれる所も好きだった。

――ピンポーン。
 部屋のソファで寝そべって雑誌をめくっていた私は、すぐ横のインターフォンのモニターを見上げた。小さな段ボールを手に抱えた、運送屋の女性が映っている。何か注文したっけと考えつつ急いでボールペンを手に玄関へ向かった。
 ドアを開けると、頭や肩が濡れて茶髪がしなびた女性が荷物を前に持ってみせる。
「こんにちは、すみませんがお願いします」と微笑して、伝票を指差される。伝票を一旦受け取り、ドアの面を台代わりにざっとサインして渡した。
 伝票と引き換えに荷物が手渡され、彼女は礼を言って会釈する。踵を返し、雨に降られながらトラックまで駆けていった。キビキビとした動作に感心すると共に、少し気の毒な気持ちになる。雨に顔を晒して化粧を溶かしながら仕事をこなさなければならないのは可哀想な気がした。雨にずぶ濡れて寒さに震えようとも「ある意味、風情があっていい」なんて開き直れる私みたいな人は稀だろうし。
 先ほどの女性は雨など気にしない素ぶりで微笑してみせていたな。感歎。あの潔さったら、清々しい。ひょっとしたら、彼女も私と同様に雨に降られるのが気持ちいいと思えるタイプなのだろうか。いやいや恐らくそんな訳はなく、仕事だから気丈に振る舞っていたんだろうと予想する。彼女は配達員の模範的な振る舞いを演じていたに過ぎない。
 配達員達にとって、憎っくき障壁であろう雨が降りしきる。荷物を濡らし、身体を濡らし、交通の流れを遅延させる厄介者。
――雨、そろそろ上がればいいのに。
 女性配達員を気に掛けながら、気紛れに雨空に願ってみた。



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