第213期 #10

予感

主は晴れた日の満月の夜、自分を外廊下の腰壁に置いてくれる。
月の光は優しくて、どこか冷たい。
ここから見える世界はとても静かだ。
屋敷の庭には噴水があって、何本か大きな木がまばらに生えている。屋敷の近くには小さな畑。この庭の向こうには小高い山がある。
それ以外は空しか見えない静かな場所。

座っている腰壁が揺れた。首だけ動かして後ろ、腰壁の下を見た。
主が寝返りを打って、腰壁にぶつかったようだ。そんなことなどまるで気にならないみたいで、普通に寝ている。
石畳の外廊下。
石の上で寝るのは体が冷えるんじゃないかとか、そもそも体は痛くないのかとか、主のことが気になる。
月光欲が終わったら声をかけるからと言っても、この時間は自分と一緒にいてくれる。
月は今、山の天辺にある。もう数時間したら、太陽が昇ってくる。
その前に主を起こして室内に入れてもらわないとならない。
ふわっと流れてきた風に、錆びた鉄のようなにおいと火薬のにおいがしたような気がした。
風が流れてきた方を見るが、わからない。
主に伝えなくてはと思うが、主は一向に起きる気配がなかった。

目を開けると、外廊下の石の上だった。なんで? と思った瞬間、頭が覚醒する。もうかなり明るくなっている。
体を起こして、腰壁の上に鎮座するムーンストーンに「声かけてよ」と言う。
手をのせると「何度も声かけたんだけど、一向に起きる気配がなくて」と返ってきた。
「そう言えば……」と持ち上げて部屋に向かう途中で声がした。
「西の方からにおいがした。錆びた鉄のようなにおいと火薬のにおい」
でも、薄くて気のせいかもしれないけど、と言われ西の方を見る。あっちの方角は確か……。
石を定位置に置いて、世界地図を広げる。自国から手のひらを西の方角に動かしていく。
やはりこの辺になるのだろうか?
隣同士、馬が合わずにいつも戦争をしているあたりに指を残す。
最近は双方ともに大人しくしていると聞いていたが、大人しくしていたのではなくて戦力を貯めていたのだろうか?
いつもは小さな争いだが、今度は大きなものになるというのだろうか?
あれが臭いに気が付いたというのが引っかかる。
地図から手を放して大きく息を吐いた。
かなりの距離があるし、自国までの間にまだいくつも国がある。
あれも気のせいかもしれないと言っているのだ。
来るかもしれないし、来ないかもしれない。
それでも、嫌な予感は消えない。
遠くない未来に終焉の気配を感じた。



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