第212期 #2
私は市役所の福祉課で働いている。仕事の半分が事務、もう半分が市の広報新聞をつくることだ。仕事柄、地元の人と話すことも多く、農家のお父さんや学校の先生とも顔なじみだ。
ある男と出会った。彼が市の図書館に蔵書を寄付をしたことがきっかけで取材をするために彼の家に行ったのが我々の出会いだった。
男の屋敷は門から玄関まで石畳になっており、和風の庭園の中を緊張しながら歩いたのを覚えている。玄関に入ると薄紫のワイシャツを着た初老の男性が待っていた。男は愛想よく私を出迎え、奥の書斎に通した。
男は取材にハキハキと答え、寄付の資金源や、蔵書の寄付についてわかりやすく答えた。見た目より心が若いという印象を受けた。取材は無事に終わった。そこで我々の関係は終わるはずだった。
数週間後のある日、福祉課に抗議文が届いた。そこにはその男の名前と駅周辺の再開発中止を求める抗議の旨が記されていた。再開発は数年前から行われており、現段階になって何故そのような抗議をあの男がするのか私は気になってしまった。
休日、もう一度あの石畳を通り、男に会いにいった。男に来訪の理由を告げると彼は困ったような顔で書斎ではなく裏庭の倉庫に私を通した。
広い倉庫の中にはたくさんの郵便ポストがたくさん並べられていた。一面に並べられたポストたちは兵馬俑のようだった。
「もうだいぶ昔のことですが、恋人と文通してたことがありまして、そこからなぜかポストというものにすごく惹かれてしまいまして。」
倉庫のなかには不気味な沈黙が流れた。老人は倉庫の中では十歳ほど老けてみえた。
「駅前のポストは私がその恋人に宛てて数えきれないくらいの手紙を入れたポストなんです。」
沈黙
「ここにあるポストは皆死んでいます。私はポストを集めてそのことに気が付いたのです。手紙の投函されないポストは日の当たらない植物のように...」
そこで言葉が途切れた。
「抗議が無意味なことだというのはわかっています。」
そういって悲しく笑った。
数か月して予定通り再開発が行われ、駅前のポストは失われた。男は後を追うようにこの町からいなくなった。
一年後のある日、再び図書館に多額の寄付と同時に一冊の本が寄贈された。その本は「ボトルシップ」に関する本だった。
死んだポストの代わりに彼が何を選んだのかはわからない。ただ私としては手紙を届ける手段が何か一つでもあればいいと思う。心から。