第210期 #7

嫌み

「返すよ」
見覚えのある小袋が机の上に置かれた。
「持ってれば?」
「嫌みに見えてきた、それ」
「は?」私は眉をひそめた。

「嫌み?」
小袋から出てきたブレスレットを見て、由利子は私を睨みつけた。
「私が意味わからないとでも思ったの」
「幸せになって欲しいって思っているから持ってきたの」
結婚が決まってからどうもイライラしていると聞いて、マリッジブルーなのかと思っていた。でも、どうやらそうではないと気が付いたのは最近だった。明らかに私に敵意がある。あまり刺激しないようにと思って最近は連絡もしていなかった。
それでも結婚式の招待状が送られてきた。親友ふたりの晴れの日という思いよりも、今出席して由利子の気に障ってはいけないと、欠席に丸を付けた。
結婚式には出席しない。だから、せめて直接おめでとうと伝えるために、招待状の返事と一緒にアクアマリンのブレスレットを持ってきた。これが幸せな結婚となるようにと。
椅子の背もたれに体を預け、由利子は言った。
「さぞ、滑稽でしょうね。あなたのことが好きで、あなたの好きな男が、あなたのために私と結婚するのを見るのは」
何か勘違いしているのは明白だった。全然誤解が溶けないんだよ、と晃がボヤいていたのはつい数ヵ月前だ。
プロポーズされたと嬉しそうに言ってきたのに、そのあと何があったのか。晃が由利子のことが好きなのはずっと変わっていないのに、由利子はどうして晃のことを疑っているのか。きっかけがあったはずなのに、私も晃も全然わからなかった。

結婚式当日の夜、出席した友達から式の写真が送られてきた。
由利子の満面の笑顔を見て、安心した。左手に例のブレスレットがはめられていて、嬉しかった。

結婚式の翌日の早朝、電話で起こされた。部屋の中は真っ暗でスマホの画面だけが明るかった。
晃からの電話だった。由利子がいなくなった、とこの世の終わりかと思うような声がした。
どう考えても朝一の新幹線に間に合うその時間に起こされて、それに乗らないわけにはいかない。とりあえず、そっちに行くからとだけ伝えて電話を切った。
私が晃と合流した時、由利子は既にこの世を去った後だった。

結局晃はブレスレットを置いていった。袋から出したそれを手の中でガチャガチャといじる。
晃と入れ違いで帰ってきた助手が嬉しそうに「晃さんからですか?」とお茶を持ってきた。
事情を話すとまた「嫌み」と言われそうな気がして、聞こえないふりをした。



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