第209期 #2

博士のロボット

不便な山奥にその研究所はあった。研究所と言っても、ただのボロボロの小屋だ。そこにはほとんどものがない。ただ少しの研究機材と、A博士とAの作った人工知能搭載ロボットの二人がいた。
Aはよく言えば、ある意味純粋で一途な研究者だった。それゆえ、人の社会とは合わず、人の黒い部分を前に辛い経験をしてきたのだった。社会と離れ無欲で追求した結果、人知れず高度な技術でロボットを作り、一緒に暮らしていた。
Aはそういう人だから、ロボットが学習してきたのは、純粋な感情と研究所の周りの自然、そしてそこで流れるゆっくりした時間だけだった。Aはそんなロボットが美しいと思っていた。
あるとき、Aの知り合いの研究者が訪ねてきた。彼はAの能力は尊敬しつつも、性格は逆で、Aを人としては軽蔑さえしていた。というのも、彼は、その研究や能力を人の社会で発表し、役立て、そして認められる、そこに価値がある、という信念を持っていたからだ。
彼はAの研究成果を社会に発表すべきだと思っていた。今回、ちょっとした作戦を練っていた。彼としては、Aの研究は素晴らしいが、Aの狭い世界でとどまり、その結果更なる発展のチャンスを失っていると感じていた。そこで、インターネットをロボットに接続し、広い世界の知識、情報を人工知能で学習させようと考えていた。Aはインターネットのように外の情報を得るツールをほとんど持っていない。研究を少しでも高めてあげたい、そういう彼の善意でもあった。そして社会貢献へと繋げたかった。
Aは外の情報と繋ぐことを拒んだが、純粋なロボットはこの提案に賛成した。
「私は外の世界を見てみたいです。」
彼はロボットがこんなことを言うので正直驚いていた。この研究は本当にすごい。
Aも、お前がそう言うなら、と了承した。
彼の持ってきた機材により、山奥の研究所でもコードを繋げばインターネットと接続できる。これで世界中の英知を学習させられる…
接続した瞬間、ロボットは恐ろしい表情を浮かべ、倒れ込んだ。そして自らコードを抜いた。
「お前は何をした!?」
Aはロボットに駆け寄り、彼を睨んだ。
彼には何が起きたかわからない。
「博士…人は恐ろしいですね。これを接続した途端、大量の悪意が見えました。」
「そうだ…だからだ、私が人の社会から離れたのは。こうなると気づいてやれなくてすまない。」
彼はもう二度とこの研究所に来ることはできないと感じ、機材と去っていった。



Copyright © 2020 糸井翼 / 編集: 短編