# | 題名 | 作者 | 文字数 |
---|---|---|---|
1 | 名探偵朝野十字の妖精課題 | 朝野十字 | 1000 |
2 | 片凝り | 絲 | 967 |
3 | 惑星ナイーヴ | テックスロー | 838 |
4 | カーピス将軍 | ハンドタオル | 987 |
5 | マンデラマワンの生態について | ゼス崩壊 | 1000 |
6 | ガーネット | わがまま娘 | 997 |
7 | 始まりの物語 | えぬじぃ | 1000 |
私は妖精。妖精は実在するんだよ。普段は羽のついた小さな虫みたいにしてる。ティンカーベル知ってるよね? 私たちは気に入った人間を助けることがある。人を助けてなんの得がある? と人は問う。妖精が人を助けると幸せになれるんだよ。人が幸せだと思うことよりそれとは全然ちがうそれの千倍の幸せになれるんだよ。私たちは案外たくさんいるよ。きっと注意深くしていれば、あなたのそばにいる妖精に気づくよ。気が向けばあなたを助けてくれるよ。
私はまだ人間界にそれほど詳しくないけど、すでに助けたいイケてる女の子を見つけたんだ。彼女は悪い男に誘拐監禁された。彼女を助けなきゃ。
私は名探偵のところに行った。そこに彼の助手がやってきた。
「先輩。これは第二の桶川事件です」
彼女は女子大生西野順子。埼玉県川越市に住んでるよ。彼女は女子だよ。それから……新之助が好き。
「説明してくれ」
「英田和郎はずっと藤原陽子さんにストーカーしてました。陽子さんが失踪したとき、警察はおざなりな捜査をし、彼を容疑者から外し、陽子さんは依然行方不明のままです。英田の父親は警察OBで与党の有力国会議員、埼玉県警は正義に目を背け権力に屈したのです」
「事件に関係する話だけしろ。要するに藤原陽子を見つければいいんだな。生きていようと死んでいようと」
「なぜそんなひどいことを言うんですか。良心はないの? 彼女を助けて!」
名探偵は藤原陽子の自宅を訪れた。両親との挨拶もそこそこに、お悔やみの言葉もなく、理由の説明もなく、ただ陽子の部屋を見たいとだけ言い張った。それは彼女の部屋のベッドの下に隠されていたので、私はベッドの下に青く輝く粉末をつけた。名探偵はベッドの下を覗き込み、彼女の日記帳を見つけた。名探偵があるページを開いたとき、私はそのベージに青く輝く粉末をつけた。名探偵はそのページをじっと見つめて考え込む様子だった。
名探偵は埼玉県のとある森に行った。私は樹木の幹に青く輝く粉末をつけて回った。それをたどって、名探偵は小屋を見つけた。その小屋の地下に藤原陽子が監禁されているのを発見した。
埼玉県警の三笠警部がやってきた。
「お見事ですな、名探偵殿。なぜあそこに監禁されているとわかったんですか」
「私の手柄じゃない。妖精が知らせてくれたんだ」
「ワッハッハ! こりゃまたご謙遜ですな」
名探偵が真実を語るとき、埼玉県警は常に理解できないのであった。
「氣持いいか?」
「う、うん……もつとして」
きつと私は變な顏をしてゐると思ふ。身體がすべてを受容れる、そんな形をして、ぎゆつと收縮してゐる。彼の呼吸に合せて。
ぎゆ、つと……何だらう、貝? ピンク色の、ぬるぬるした、やはらかく、引締つた、貝、の身……浮立つてゐるせゐか、そんな生々しい事を考へてしまふ。
「……」
最後は、マッサージ。肩凝りの方が、實は膨れ上つた本能的欲求よりも、深刻であつたりする。今のコートは重くて、リュックが肩に食込んだ後などは、とてつもない疲勞感に襲はれるのだ。それを話したら、胸のせゐぢやないかつて。さうかもねつて。笑つて許した。CMで觀た、輕いダウンジャケットにしようかな、一緒に買ひに行かない? そしたら、俺はいい、と。買物とか外食とか、一緒にしたためしが無い。でも一緒に買物して身にならないのは前の彼で知つてゐる、だから彼は賢い。
「よいしよ」
麥茶を取りに、彼がベッドを降りる。毛布がめくれてひゆうと冷氣が入つてくる。急速に冷めるのは身體だけでない、戻つてきた彼は變らない風であるが、私は元の温もりを取戻すのに、四苦八苦してゐる。
較べ、彼は強い人だつた。一人で何でもできるし、私の領域を侵さうとはしない――強い人と附合ふのは安心できる、けれどこの内に祕める「弱」さを、判つてはもらへない――これ以上に無く私を孤獨にさせてくれる彼に對して、“孤獨以外”をも求めるのは、強欲といふものだらうか? ……
弱味の無い彼に、せめてもの抵抗にとすすり泣いてみたりもする。しかしまた、私は泣いてどうしたいのかも、分らないのだ。弱さ、我儘、さう言つてしまへばお終ひで、では、どうすれば強くなれるのか? 慾をきつぱり捨てた、自立した人間になれるかといふのは、私の……人生の課題だつた。
彼に、そつと觸れた。
背中を向けた、脇腹に。彼は手の甲を撫で、すべすべだと言つてくれた。
「怠け者の手だよ」
前の彼にも言つたし、そのずつと前の彼にも言つた。言つてくれたのは父親で、その頃私は引籠もりだつた。
ぐ、と身體を押附けると、ン、と變な聲が、背中を通つて、私に響いた。
きつと彼は變な顏をしてゐると思ふ。身體がすべてを受容れる、そんな形をして、ぎゆつと硬直してゐる。私の呼吸に合せて。
……今が同じ人間と、解せる時かも知れない。
わたしは今日も五万光年はなれた、惑星に向けて思いを飛ばす。
傷ついた自分丸ごと、視線に乗せて宇宙に飛ばす。
周囲に恒星が存在しないその惑星は、ふらふら震える。
私は涙がこぼれない角度を知っていて、その仰角上にぴたりあるのが惑星ナイーヴ。
私が辛いことを辛いと思う前に、空を見ると、惑星は私の悲しみを受けて輝く。
(私の仕事じゃないのにそんなに怒らなくても)惑星に思いを飛ばす。
(売り切れですか、でも後ろにあるあれは何?)惑星に思いを飛ばす。
(いつも笑っていて悩みなさそうでいいねって)惑星に思いを飛ばす。
(今回だけだよ。次浮気したら許さないからね)惑星に思いを飛ばす。
部屋に帰ると、電気を点ける前にお湯を沸かす。ジンジャーティー。
冬の夜空、家のベランダで、寒いのを承知で空を見る。透い。
知っている星座はオリオン座だけ。そこに焦点を合わせてまばたきを三度。
すると、オリオン座から少し離れたところにぼんやりと姿をあらわすのが惑星ナイーヴ。
(結婚できないんだって、今更そんなこと言う)惑星に思いを飛ばす。
(結婚できないんだって、今更そんなこと言う)惑星に思いを飛ばす。
(結婚できないんだって、今更そんなこと言う)惑星に思いを飛ばす。
(結婚できないんだって、今更そんなこと言うの)惑星に思いを飛ばす。
まばたきを三度。惑星ナイーヴは、まばたきするたびぼやけて、遠いたき火みたいだ。
もうまばたきはしちゃだめだ、しちゃだめだな。したらだめだ。目が痛い。
惑星が眩しい。オリオンよりも眩しく光って、スパークしている。
あああれは、遙か太古の人たちの、悲しみが燃えている光だ。眩しい。
惑星は届けられた悲しみにこらえきれず、爆発をしてしまった。
私が飛ばした悲しみやつらさは、惑星に届かず、推進力ももうない。
人工衛星より中途半端な距離でしばらくふよふよして、そしてあきらめたように落ちる。
テンプルタトル。
私の悲しみは、もう惑星には届かない。
さよなら、私の惑星ナイーヴ。
カーピス将軍の頭がおかしいのは、今に始まった事では無いのだ。
皆さんご存知の通り一日は24時間だ。寝る時間を考えたら18時間くらいだろうか。
だけどカーピス将軍ときたら寝ない。まあ寝ないのだ。
3時に寝て、3時15分には起きている。それも立ったまま寝る。本人曰く時間がもったいないらしい。
クラクラした頭のまま兵卒たちに指示をするものだからまぁその内容が支離滅裂だ。
給料係の事務員を呼び出して、敵が築いたバリケードの近くまで斥候に行けだの、一個大隊の司令官を呼び出して庭の草むしりをしろとか言っている。
それも、少しでも楯突いたり刃向かったりすると、これまたクラクラした頭のまま、そいつの足下に向かって機銃掃射で発破をかける。
「うす馬鹿野郎!次にそんな口を聞いたら、貴様の足から蜂蜜を絞り出してやるからな。」
そんなこんなで、軍の任務がまともに回る訳がなく、無駄に死人は出るわ、いざという時に司令官はいないわで大変なのだ。
けれどもカーピス将軍は、縁故やゴマスリでなく、間違いなく叩き上げの軍人である。
というのもこの人、本番に異様に強いのだ。
普段は支離滅裂な行動ばかりしているのに、いざ敵が攻めてきたとなると、落ち着き払って、まずシャワーを浴び、自室の掃除と衣類の洗濯をして、戦闘が始まるギリギリまで眠る。
そして、部下に起こされた途端に鬼神の如き名司令官になるのである。
だけど、実戦なんてそうそう起こらないから、いわばまぁ、飼い殺されているのである。
周辺国の人間からは、敵ながら敬意を払われている。
威風堂々とした気丈な軍人であり、兵卒が規範にするべき司令官である、と思われている。
誰も、この平素のボケ老人を知らないのだ。
一度、癇癪を起こさせない為に起きる度に「現在戦闘中です」と嘘を付いたことがあった。
瞬間、見かけと態度は気丈な軍人に立ち直るのだが、指示出しはやはりまともではない。
この将軍にとっての寝不足と癇癪が能力を発揮する為に必要不可欠なものらしかった。
だから、ここに配属された兵卒達は、このボケ、カーピスを疎ましく思いながらも、あぁ、俺にも駄目なところがあるんだから、きっとカーピス様みたいに反動で取り柄があるんだろう 。何か得体の知れない能力にいつか目覚めるのだろうと、思いを馳せて日々を過ごしている。
今日も将軍の怒鳴り声が聞こえる。
「誰だ!俺の部屋の電気を勝手に消したのは!」
マンデラマワンの生態について知られていることは少ない。インド洋の北側、スリランカという島国にのみその鳥は生息する。マンデラマワンの全長は成体でも十五センチに満たない。子供の掌にのせると少し余るくらいの大きさだ。全身は淡いブルーの羽毛で覆われ、尾の先に赤いラインのような模様がある。この鳥は警戒心が強く、普段は人前にほとんど姿を現さない。森の奥深くでひっそりと小さな虫をついばんで暮らしている。島の人々がこの鳥を目撃するには秋の繁殖期を待たなければならない。この時期にだけ森近くの人里に出没するからだ。
それには勿論理由がある。マンデラマワンの雄は、雌の気を惹くために巣をデコレーションする習性があるのだ。巣がきらびやかであればあるほど雌の目を惹きつける。だから繁殖期が近づくと、窓ガラスや酒瓶の破片をせっせとクチバシに咥えては巣に持ち帰るのである。
いま私の手にそのマンデラマワンの雄が一羽、のせられている。
私がアトリエとして買い受けたこのガラス工房の跡地は、森のほど近くにひっそりと建てられている。工房の敷地には廃品となったガラスの破片があちこちに捨て置かれ、夕陽を浴びてきらきらと輝いている。哀れなこの一羽の雄鳥は、そのガラスひとかけらを拝借しようと地上に降り立ち、捕獲されてしまったのだ。幸い大きな怪我はないようだ。突如頭上から降りそそいだ鳥網に抗おうと少し羽を痛めた形跡はあるが、いまは麻酔が全身にまわったのか、眠ったように目を閉じている。
私は手の中の鳥を、そっとテーブルの上に横たえた。もうあまりゆっくりしている時間はない。鮮度を保つためには急いで肉を削ぎ皮を剥いで、防腐剤を塗らなければならない。
椅子から立ち上がった私の目に、夕陽のさす窓際のステンドグラスが映る。精巧な幾何学模様を並べたその窓べりに、マンデラマワンの剥製が群れ成すように幾つも並べられている。窓とは反対側の、つまり私の方に向けられたその瞳は、かつての静かな森の中での暮らしを懐かしんでいるようにも見えた。
淡いブルーの羽毛と赤い尾のライン。ステンドグラスから注ぐ光を浴びて、鳥達もまた極彩色に輝き、私だけのためにこの空間を染め上げている。私はこれで何度目になるか知れない、全身を貫くような恍惚に包まれた。
私はこの鳥の詳しい生態を知らない。そしてこれからも決して知ることはないだろう。しかしそれで良いのだと思う。
「カズキくん、これ」
高橋くんから差し出された箱を受け取って、蓋を開いた。中を見て驚いた。
「これ、どうしたの?」
「五月さんが、借りてこられたそうです」
今日、みんながもう一度ステージに立つからと遺族から借りてきたのだという。
「一緒に、ステージに連れて行ってください」
深く体を折り曲げて、高橋くんは頭を下げた。
深い赤の細長い涙型の石の耳飾りは、姐さんのものだ。
ハヤトが姐さんの誕生石をプレゼントしたいと言って、なぜか俺が探した。
そして、なぜかみんなでお金を出し合って、買ったピアス。
身を守ってくれるとも言われるその石の持ち主は、逆恨みで亡くなってしまった。
一見縁起の悪そうなその石に、姐さんがどんな思いを込めていたのかを知らないわけではない。
俺らの前座としてステージに立つときは、ひとりでステージに立つときは、サポートの仕事でステージ立つときは、絶対に身に着けたりはしなかった。
「皆さんの声とそれに湧く観客の声だけを聴かせたいんです。きっともっと上に連れて行ってくれると思うから」
そう言って笑っていたのを思い出す。
姐さんの耳元で揺れるそれは、キラキラと輝いていた。
姐さんは、立ち止まらずに前に進んで欲しいと願っていた。
だから、ハヤトは姐さんのピアスを身に着けて、いつも一緒だと、同じ景色を見ているのだと、思いを受け継いだのだと思っていたに違いない。
それでも耐えきれなかったのか、それとも石が導いたのか。
ハヤトは姐さんを追いかけて逝ってしまった。強すぎる思いは、生死をも超えてしまうようだ。
俺が最後にそのピアスを見たのは、あの家を出る日だった。
心なしか、赤の輝きが薄れて黒ずんでいるような気がした。
そのあとピアスがどこに行ったのか、全然気にもしなかった。
そうか、姐さんの家族のもとにあったのか。
「五月さんが、姐さんが最後に身に着けていたものなのでと、ご遺族に……」
久しぶりに見たそのピアスは、最後に見たときよりも黒が強くなっているような気がした。
深く暗い沼の底に沈んでしまって、深い赤だということを忘れているようだ。
ピアスを持ち上げる。
一緒にステージに、とさっきの高橋くんの言葉を思い出す。
一緒にステージに行けば、また、あの深い赤の輝きに戻るのだろうか?
そうしたら、あのふたりは喜んでくれるのだろうか?
「いやいや」
そうじゃない。もう一度、一緒にてっぺんを目指そうじゃないか。
俺はそのピアスを耳に着けた。
これまでずっと平凡な男としか思われていなかったイグイは、たった一日で周囲からの印象を驚くほど変えることになった。一人きりで剣歯虎を倒したからだ。
剣歯虎は巨大な牙を持ち、俊敏で獰猛。倒すには屈強な男が数人がかりで、それでも運が悪ければ返り討ちにあう強敵だ。それを一人で倒した者はイグイが始めてだった。
部族一の腕力自慢の男が真っ先に話しかけてくる。
「イグイよ。俺はお前を見直したぞ」
言われたイグイは戸惑いながら答える。
「そう言ってもらえるとありがたい。でも妙な気分だ」
「胸を張っていいんだぞ。さあ聞かせてくれ。剣歯虎を倒した時の話を」
うながされ、イグイは記憶をたどりながら話し始める。
「なんとなく山に入った。退屈だったから面白いものがないかと思って。そこに剣歯虎がいた。あいつは飛びかかってきた。石槍を使うのは慣れていないが、思わず突き出した。それがあいつの腹に刺さって死んだ」
「……それだけか?」
「それだけだ」
男は失望した顔で、つまらんと吐き捨てて去っていった。
次の日。今度は年増だが美しい未亡人が話を聞きに来た。
イグイは昨日の失望された顔を思い出しながら、言葉を探って慎重に語る。
「山に入ったのは、剣歯虎がいるような気がしたからだ。しばらく探すと見つかった。俺はこれまではあまり使ってなかったが、石槍で思い切って突いた。その一突きであいつを仕留めたんだ」
「それは凄いね」
今度はがっかりされることもなく、素直に褒められた。
その次の日は好奇心旺盛な子供が、さらにその次の日は谷の向こうに住む大男が、次々と話を聞きに来る。
イグイはその都度、必死に頭をひねりながら口を開いた。
そして、あれからずいぶんと季節が巡ったある夜。焚き火の明かりに照らされながら、イグイは十人を超える人々を前にして語り始める。
「……ほかの山で見かけた足跡から、朝日射す山に剣歯虎がいる予感はあった。山に入ってみると痕跡は見つからなかったが、たしかに気配を感じる。慎重に奥に進む。するとあいつと出くわした。見つけたのはお互いに同時。やつは子供の腕ほどある牙を振りかざし、驚くほどの高さで飛びかかってくる。だが俺はそれを見切って身をひねり、このときだけのためにずっと準備していた石槍を……」
それは天地が分かれる話とか、神々が愛しあい争いあう話とかが口にされるよりずっと昔。
たぶんきっとこれこそが、始まりの物語。