第207期 #4
その街には、昼の道と夜の道がある。
ふたつの道は物理的には同じ通りだ。西側にだけ家が密集して建ち並ぶその通りは、太陽が東にあるあいだは明るく照らされ、若者たちと子どもたちが賑やかに行き交い活気に満ちている。そして、太陽がその位置を変えるとともに、徐々に変貌を見せる。若者たちは少しずつ年老い、やがて死相を見せる。子どもたちはあっという間に年齢を重ね、街から消える。
天頂を過ぎた太陽が密集する家々の後ろに隠れてしまうと、通りは夜の道に変わる。闇で淀んだ空気は湿気て重く、動くことのない流れの底に街全体が沈む。
外部の人間が夜の道を訪れることはまずない。光を浴びることのない夜の空気は、近づくにつれ、より重く密になっていき、その通路を閉ざし、他者を閉め出す。
外部の者の訪れがあるのは、かすかな緩みの刻。密なところから粗なところへと、どろりと空気が動く隙間を縫い。
気づかぬうちに、入り込んでしまうだけだ。
灯のない暗い通りを、そのときの私は、ただ家路を急いでいた。
夜の道に人影はない。本来ならば。
だから、密集した家の玄関先に蹲り這いつくばっているように見えるそれも、人影ではないはずだった。本来ならば。
灯のない不案内な道だし、錯覚にすぎない。私は躊躇わずにそう思い、その奇妙な物体を見定めようと、視線をそれへ向けたまま、足を速めた。
近づいても近づいても、それは人が静かに蹲り這いつくばっている姿に見えた。身動ぎもせず地に伏している人影に見えた。
そうして、その物体まであとほんの数歩まで近づいたとき、突如、それは動いた。
ゆらりと。のそりと。どろりと。
それは疑いなく人だった。小さく丸まるそこは頭部で、広くて平らなそこは背中だった。おそらく成人の。おそらく男性の。萎びた身体の。
急激に解かれ人になりゆくそれを目の当たりにし、言いようのない恐怖に襲われた私は足早に道の反対側、家が建て込んでいない側へ逃れた。そして脇目もふらずに歩いた。灯のない少しの屈曲もない夜の道を、ただひたすら歩き続けた。
やがて月の光に晒されたそこは、いつの間にか知っている道だった。通りを歩く人影が見えたが、違和感はもうなかった。
後日、私は昼の道を訪れた。西側にだけ家が密集するその通りは、日の光が明るく軒先を照らし、眩しいほどだった。行き交う若者たちと子どもたちとで満ちた通りは、ただ賑やかで、穏やかだった。