第206期 #6

図書館流刑

 借りていた本の返却が一日遅れた容疑で、俺は逮捕された。簡単な取り調べを受け、罪状は返却期限遵守義務違反と決まった。初犯なら執行猶予が付くのだが、残念ながら俺は二度目であり、即刻、図書館流刑に処されることになった。

 唐突に手枷と目隠しを外され、光に目が眩んだ。辺りには背の高い書棚が幾列にも並べられている。どうやら俺は図書館の中にいるらしかった。目の前にはアンティークの瀟洒な椅子が一脚。そこに女が腰掛けている。歳は俺より少し上、二十代半ばくらいだろうか。黒縁眼鏡を鼻先に載せ、長い黒髪を耳の後ろで二つ結びにしている。女が口を開いた。
「今日から君の看守担当になった、早坂だ。宜しく頼む」
眼鏡のブリッジをついと指で押し上げ、それきり言葉はない。どうやら自己紹介はそれで終わりらしかった。

 図書館での役務は想像以上にハードだった。書物の整理に、破れた装丁やページの補修に……次々と指示が下され息つく暇もない。一緒に過ごしてみると、言葉遣いこそ素っ気ないものの、早坂は案外可愛げのあるやつだった。手抜き作業には滅法厳しいが、丁寧な仕事にはぼそりとねぎらいの言葉をかけてくれたりする。早坂の要求に応えられるよう、俺は次第に作業に没頭するようになった。時々、そんな俺を励ますように、早坂がすっと目を細めながらこちらに微笑みかけてくれる。それが嬉しくて、我ながら単純だと呆れつつも、益々作業に身が入った。

 月日は流れ、ここに来てはや一年が過ぎようかという頃、突然、憲兵達が俺の前に姿を現した。どうやら真面目に働きすぎた結果、予定より刑期が短縮されることになったらしい。俺は憲兵達に有無を言わさず羽交い締めにされ、身柄を拘束された。図書館から連行される間際、早坂が俺の方へ走り寄り、躊躇いがちに口を開いた。
「今までありがとう……本当に」
それだけ告げて、あとはずっと顔を伏せたまま俺を見送った。

 元の生活に戻ってからも、心の一部がすっぽり抜け落ちてしまったような感覚が、澱のように胸に留まり続けた。借りてきた本を開いて活字を追っても、まるで頭に入らない。無意識に、端の折れたページを指で直してしまう自分がいた。

 その日が訪れると、俺はカレンダーの日付をもう一度確認し、急いで施設に向かった。エントランスを抜け、カウンターの司書に本を差し出す。

 「すみません。本を返却したいんだけど、実は期限を一日過ぎてしまって……」



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