# | 題名 | 作者 | 文字数 |
---|---|---|---|
1 | 名探偵朝野十字の事件簿:赤い蜘蛛の恐怖 | 朝野十字 | 1000 |
2 | その瞳に映るのは。 | さばかん。 | 1000 |
3 | 蜂蜜トースト | ハンドタオル | 986 |
4 | いくらお金を積まれても | テックスロー | 1000 |
5 | 罪と罰 | 世論以明日文句 | 557 |
6 | 死んでいった者たちへ | ゼス崩壊 | 1000 |
7 | キヅイテ | わがまま娘 | 999 |
12歳の少女が自室のベランダで心臓麻痺で死んだ。外は雨だったのになぜベランダに出たのか。
私は西野順子。某大学の学生で、亡くなった智子ちゃんの家庭教師だった。
あの日、台風が接近し蒸し暑かった。急な雨に打たれて、私は悲しい気持ちで夕方6時に智子ちゃんの家に着いた。広いリビングは湿度も温度も快適で、ふかふかのソファに座るよう勧められた。お母さんが、乾いた清潔なタオルとヨーロッパ旅行のお土産のビスケットを持ってきた。すでに智子ちゃんを呼んであるのですぐに来るから勉強の前に召し上がれとのことだった。紅茶を飲み待っていたら、不意に智子ちゃんの自室から悲鳴が聞こえ、慌てて駆け付けると、ベランダへの窓が開き風雨が吹き込んでいた。ベランダで智子ちゃんが倒れていた。智子ちゃんに駆け寄り抱き起すと、
「赤い蜘蛛が……」
とつぶやき息絶えた。
私は大学で「世界の謎研究会」というサークルに所属している。智子ちゃんの不審死の調査を提案した。
「現場は密室状態でした。何らかの……」
「病死だろ」
「警察と検視官の仕事だ」
私の提案は却下された。
同じサークルで一年後輩の新之助君が言った。
「朝野先輩に相談してみれば?」
「だれ?」
「名探偵だよ」
独身おじさんのアパートは薄暗くて臭かった。ボサボサ髪をかきあげて、
「三つ質問しよう。彼女のベランダの対面には何があるか。彼女には恋人がいたか。彼女が苦手なものは何か」
と言った。
「細い路地を挟んで閉鎖した病院が建ってます。幽霊が出るという噂です。智子ちゃんはまだ12歳ですよ。恋人とか。智子ちゃんは極度のアラクノフォビア(蜘蛛恐怖症)でした」
「そうじゃなくて、あこがれてた先輩とか」
「いとこの健司さんがくると様子が変でした。智子ちゃんが彼にあこがれていたかどうかわかりません。とりたててイケメンというわけじゃないし、付き合っている女性がいるし、彼女とのトラブルを抱えていると聞きました」
「様子が変とは?」
「わかりません。ただ……二人きりでひそひそ話していて、私が来ると黙り込むことがありました」
「彼が犯人だ。動機は、智子さんに性的犯罪をして、それがばれることを恐れた。方法は、病院からライトを使って智子さんの部屋の壁に赤い蜘蛛の模様を照らし出した。同時にベランダにドライヤーか何かを放り込み、彼女を感電死させた」
健司さんは逮捕されたが、家族の悲しみの癒えることはなかった。
空を見るのが好きな友人がいた。気が付くと彼はいつも空を見ていた。
澄んだ瞳はどこか、何かを探していて、それでいてさみしそうだった。俺には、その彼の顎から首にかけての細いのど元が印象的だった。骨張っていて、肉のない、細いのど。そこから発せられる声も力なく細い、静かで落ち着いているものだった。俺に空の雲をさして、それが何に似ているかを話すときにはついつい空を指す彼の骨が浮き出た指を見てしまう。
そのように外見は彼の性格をよく表していた。
彼はそのような俺の視線に気がついては困ったように笑った。「これでもちゃんと食べてるんだよ」と。
疑わしかったけれど、「そうか」と微笑むことが常だった。
「空には色々な顔があるんだよ」
「ふーん?」
「雲ひとつないときは嬉しいんだ。幸せなんだ。
曇りの時は苛立っている。むかむかすると泣きたくなるような、でもそれに反発したいような、感情の不安定さが表れてるんだ。
雨の時は泣いてるんだ。…そうだな、人間が自分を汚すのを嘆いているのかもしれないね。
夕焼けの時は照れてるのかもしれないし、天気雨は嬉しくて泣いてるのかも知れないよね」
「……」
澄んだ瞳は、窓の外に広がる無限の青を見ていた。白いこの部屋からはよく映える空。
「今日は嬉しいのかもね」
細いのどが震えた。
「そういえば、これ学校のプリント」
曖昧な返事をした彼は薄く笑った。
「もう全然、わかんないや」
肩をすくませてから、そのついでに伸びをした彼のシャツからのぞくのは顔同様肌色の悪い、がりがりの腹部。それはやはり『ちゃんと食べている』者のものではなかった。
「俺が教えてやってもいいぜ」
片眉をあげて偉そうに胸を叩くと、「教えるのへたくそなの、知ってる」と経験論からものをいう彼が愉快そうに喉を鳴らした。
「もう、多分外へは行けないだろうから」
彼の顔はどこか満足そうだった。
「嫌いなわけじゃない、でも好きなわけでもない。将来に期待があったわけでもないから執着はない。だから、あんまり実感ないんだよ。死にたいわけじゃないけど、生き永らえていたくもない」
首をもたげて、彼は俺をみた。澄んだ目は何も映していないのかもしれないと、初めて思った。
それから彼は空を眺めた。
「君がこれから過ごす楽しい時間に僕がいないことが心残りだよ」
その言葉、顔の表情、声音は、彼がいなくなった後も俺を憑いて離さなかった。
いい気味だ。彼の悪戯っぽい声が聞こえた気がした。
毎朝毎朝、毎朝蜂蜜トースト。
私の朝は蜂蜜トーストで始まる。
もっと体に良いもの食べた方がいいよとかまぁ言われるけどカンケー無い。蜂蜜の健康効果知らんのか?
いやまあ、俺も知らんけど。
歯を磨いて、顔を洗って、蜂蜜トースト。
用を足して、軽く散歩して、蜂蜜トースト。
朝の支度して、出勤して、蜂蜜トースト。
会社に着く頃にはもう一枚蜂蜜トースト。
蜂蜜トースト何枚食べるのだろう。
たまにサラダを食べたり、果物のジュースを飲んだりするけど、基本はやっぱり蜂蜜トースト。
蜂蜜だけでも、トーストだけでもいけない。両方無くちゃあ、始まらない。
思い起こせば、あれは最初の七五三に遡る。
親戚のおばちゃんが作ってくれた蜂蜜トースト。
あっという間に平らげた蜂蜜トースト。
美味しかったんだから。
でももうあのおばちゃんは亡くなった。今や永遠に失われた蜂蜜トースト。望郷の蜂蜜トースト。
サクサク、サクサク、じゅわ、サクサク、サクサク、じゅわ。
牛乳があれば天国だ。
蜂蜜トーストに埋もれたい。
蜂蜜が無限に湧き出る壺にトーストを浸して、無限に永久に食べていたい。
食べたら無くなる。食べるという究極の自己満足。
食べてる時の僕の顔は恍惚で
きっととてもお恥ずかしい顔をしてるんだと思うけど、
そんなもの気にしてたまるか。
社会性を失っても、健康を害しても、蜂蜜トースト。
出張先でも、家族旅行でも、同窓会でも蜂蜜トースト。
寝ても覚めても蜂蜜トースト。
はじめての彼女とデートした時も、やっぱり。
僕と彼女と蜂蜜トースト。
かかりつけの医者から、血糖値がやばいですよ、このままじゃ糖尿になりますから、野菜とタンパク質を取りなさいと言われた。
それでもやっぱり、待合室で蜂蜜トースト。看護婦に怒られても、ここが飲食禁止でも、老婆の足にこぼしながら蜂蜜トースト。
トースト、蜂蜜トースト、蜂蜜、トースト蜂蜜。
谷山浩子に作曲してもらおうか?
上司にリストラを宣告されて、公園で俯きながら食べるのは、蜂蜜トースト。
ワンカップなんか飲まんよ。下戸だもの。
海外から蜂蜜を輸入して、全粒粉のパンとセットで販売する
商売に成功して、億万長者になった。
やっぱり案の定、社長室で蜂蜜トースト。
いい尻してるねと秘書に言ったのがバレて、公の場で記者会見してる時もやっぱり蜂蜜トースト。
生きている限りはやっぱり蜂蜜トースト。
「森崎さん、お薬の時間ですよー」
社長だろうが。
命を買うということは、その人の永遠の時間を買うということ、愛を買うということは、その人の嗜好を買うということだった。お金をコントロールするようになると、次は時間、次は嗜好。あなたの一億五千飛んで四十六万三千六百二十回目の呼吸が今、黄昏れる某市の冷たくなる空気を少し暖め、震わせた。あなたは監視対象下にあるわけではないのだが、オンラインの自動入札システムにあなたはあなた自身を全面接続しているため、あなたの呼吸は音、温度、湿気など、考えられうる物理的パターンに分断され、それぞれに即座に金額がつけられ、即座に入札され、競り落とされていった。あなたの先ほどの呼気は10dBにも満たないものだったが、2.3で落札されて、呼吸が終わる前にすでに入金が済まされていた。まだ国籍があった時代には、通過単位もあったのだが、今はもう数字がただ一人歩きするのに任せて、あなたを増やしたり、減らしたりする。あなたの一億五千飛んで四十六万三千六百二十一回目の呼吸は、その音が少し大きく、「うれい」を少し含んでいたので、その背後にある物語を推察する好事家の気に入って、651で落札された。
あなたは自分の呼吸を買ってくれた誰かに思いをはせ、自動入札モードにしている自分の購入履歴を見る。あなたはあなたの知るもの、知らないものすべてにアンテナを巡らせ、めぼしいものがあれば即座に入札し、無意識に購入する。あなたが今日購入したモノは、その種類だけでも天文学的な数字になる。暇なとき、と言っても今やあなたに暇とか、暇でないとかいう概念はないのだが、その履歴を眺めて、自分を構成しているモノに思いを馳せる。馳せた時点で思いは形を取り、即座に入札がされ、買い手と売り手のマッチングがされた時点で売買が成立する。
昔のSF漫画のように、自分にケーブルを挿して、電脳世界に溶け込む人間もいなくはないが、それらの数は少ない。あなたを含め、ふつうの人間は、五感の情報をすべて間接的に差し出して己を保っていた。夜になれば眠くなる。あなたは横たわり、眠りに落ちる前、一時的に自身の全面接続を解除する。ほんの一呼吸。それ以上は孤独と不安で狂ってしまうだろう。ほんの一呼吸、あなたは息を吸い、
「ふう」
吐く。世界のどこからも見えず、聞こえない、そのため息は、何の特徴もなく、引っかかりもなく、まっすぐに神のところに届く。呼吸がそのまま信仰になった。
僕は一人暮らしで寂しかったので、小さな一尾の雄猿を飼った。
ある夜、僕は気まぐれに、猿に自慰を教えてみた。
その日から、猿は自慰が辞められなくなってしまった。
僕が会社から戻ると、部屋中に猿の精液が散らばっていた。
ある夜、僕は猿が眠っている間に、猿の陰茎を切り落とした。
生きがいを失った猿は、酷く落ち込んでいた。
その日から、猿は在った所に出来た穴を、指でほじってばかりいた。
部屋の隅から動かない猿の姿は、みすぼらしかった。
ある夜、僕は眠っていると、目に痛みを覚えた。
起き上がると、僕の両目は猿に潰されていた。
僕の目を潰した猿は、部屋の外へ出て行って、もう部屋に戻ってこなかった。
僕は仕事を失い、盲学校で点字を覚えるところから、人生が戻ってしまった。
あの日から、僕は夜になると、記憶をたどって自慰をするようになった。
生きがいを失った僕は、盲学校に通う以外に部屋を出ず、みすぼらしくなっていた。
ある日、学校の先生は気晴らしにと、僕を車で近くの山まで連れて行ってくれた。
僕は目が見えなくても、山の自然を感じられることに感動を覚えた。
その日から、僕は部屋の外へ出かけるようになって、山の自然を感じられる所にベンチを見つけると、そこで山の自然を感じながら自慰をすることを生きがいにして生きている。
買い置きの発泡酒はいつも通り淡白で、どこか他人行儀な味がした。仕事を終え帰宅してからのこの一杯が半ば日課のようになっている。別にアルコール依存症ではないはずだが、テレビにもSNSにも興味を持てないわたしにとって、この瞬間が一種の精神安定剤になっていることは確かだ。
ソファに腰かけてスマホを起動する。明かりも点けていない夜のリビングに電子の光が灯る。わたしはアイコンをタップしてフォルダを開く。中には大量のテキストファイルが陳列されている。
都内の大学を出て社会の一員となってからほどなく、わたしは物語を書くようになった。通勤途中や自宅のアパートでくつろいでいるふとした瞬間。不意に脳裏をよぎった物語をわたしはここに書き留めるようにしている。
それはどこかで聞いたようなさすらいの旅人の冒険譚であったり、愚にもつかない恋物語だったり。そんなたわいない話をわたしは紡ぎ続けている。物書きを志している訳でもなかったが、在りもしない物語の創作は不思議とわたしの心を癒した。
そしてその物語は決して完結することがない。電車が駅に着く、忘れていた用事を思い出す。何かしらの合図でわたしの空想は中断され、想像の翼は羽を休ませる。まるで最初からそう決められていたように。
ファイルの中にはそうして忘れ去られ、朽ち果てた空想の残骸が幾つも横たわっている。
ここは墓場だ。
誰に読ませるでもなく、ただ紡がれ続ける物語たちの。
時々、これは一種の自傷行為ではないかと自問自答することがある。読む者のない未完成の物語たち。どこにも投稿されず、日の目を見ることなく死にゆく言葉の破片たち。
それらをわたしはじっと見守る。
画面の上では無数の言葉の群れが列を成し、電子の光を放ちながら、リビングの空間を淡く照らしている。わたしはそれを見つめながら言い知れぬ感情を抱いていた。それは安らぎとも恐れとも判別の付かないものだった。
ソファの背もたれに体を預け、小さく息を吐いた。
どこか遠くで犬の鳴き声がする。壁時計が正確に時を刻む。朝方閉め忘れた窓からは黴くさい夜の匂いが運ばれてくる。わたしはもう一度発泡酒を口にする。
なぜかスマホの画面から目を離すことができないでいた。胸を打つこの感情を、わたしはやはり判別できない。
空想の墓場から、死んでいった破片たちが、死んでいった物語たちが、慟哭するような光を放つ。
わたしは祈るように、その光を見つめ続けている。
あなたの名前は好きじゃない。
私の気持ちを伝えようとしても邪魔をするから。
同じ音、同じ動き。
あなたに伝わらないって気が付いたのはいつだろう。あなたにその気がなければ、きっとこの言葉はあなたには伝わらないんだ。
言葉を変えればきっと気が付いてくれると思う。
でも、これに代わる言葉がないから。だから、どうか気付いてほしい。
ボケっと食堂で昼飯を食べていたら、急に同僚が前に現れて「寿司好き?」って6連発で聞いてきた。
「え?」
聞き取れなかったわけではなくて、一瞬彼女の口の動きが重なった。ビックリした。
寿司好き、って言っているのに、彼女が何回も俺を呼んでいるようにみえた。
ん?
つまり、今まで選択は間違ってないと思っていたけど、もしかして違っている可能性がある。
「あぁ、好きなんだけど、当日の誘いは遠慮することにしてんの」
ごめんな、と言って俺は食べかけのトレーを持って立ち上がった。
「なにぃ、抜け駆けか?!」という同僚の声を無視して、俺はトイレに駆け込んだ。
トイレの鏡の前で「寿司、好き」を何回も繰り返す。母音があっていればいいわけだからと、いろいろ試した。ちゃんとわかっているつもりだったのに、「寿司好き」も「釣り好き」も「寿司釣り」も違いが全然分からなかった。
おじさん、からかわれてる?
禁忌を見逃していたのではないかという不安に駆られる。
最近彼女が異常にべったりなのが気になっていた。
気付いてしまったら、どんな顔をして彼女に会えばいいのかわからなくなった。
結局、仕事がまともに手につかず早々に切り上げて帰ることにした。
家には彼女がいるわけだから、この問題は避けて通れない。
一緒に住んでいるというこの状況がおかしい、と思いイラっとする。でも、あの日の会話を思い出して、心の中でうなだれる。もう今更どうしようもない。
いろいろ考えて帰ってきたせいか、気付いたら自分のアパートの扉の前だった。
確認しなくては。内容によっては、ここでお役御免だ。
鍵を開けてドアノブに手をかける。
俺はどっちを望んでる?
鍵が開く音がして、玄関に向かう。
いつもより早く聞こえた「ただいま」は、いつもより沈んで聞こえた。
だから、靴を脱いて、体を持ち上げたあなたにギュッと抱き着いて、「おかえり」って見上げたら、なんだか悲しそうな顔をしていて、あなたの右手の指が私の唇をなぞる。
あぁ、あなたは気付いてしまったんだ。
「ねぇ、聞きたいことがあるんだ」