第205期 #2

その瞳に映るのは。

空を見るのが好きな友人がいた。気が付くと彼はいつも空を見ていた。
澄んだ瞳はどこか、何かを探していて、それでいてさみしそうだった。俺には、その彼の顎から首にかけての細いのど元が印象的だった。骨張っていて、肉のない、細いのど。そこから発せられる声も力なく細い、静かで落ち着いているものだった。俺に空の雲をさして、それが何に似ているかを話すときにはついつい空を指す彼の骨が浮き出た指を見てしまう。
そのように外見は彼の性格をよく表していた。
彼はそのような俺の視線に気がついては困ったように笑った。「これでもちゃんと食べてるんだよ」と。
疑わしかったけれど、「そうか」と微笑むことが常だった。
「空には色々な顔があるんだよ」
「ふーん?」
「雲ひとつないときは嬉しいんだ。幸せなんだ。
曇りの時は苛立っている。むかむかすると泣きたくなるような、でもそれに反発したいような、感情の不安定さが表れてるんだ。
雨の時は泣いてるんだ。…そうだな、人間が自分を汚すのを嘆いているのかもしれないね。
夕焼けの時は照れてるのかもしれないし、天気雨は嬉しくて泣いてるのかも知れないよね」
「……」
澄んだ瞳は、窓の外に広がる無限の青を見ていた。白いこの部屋からはよく映える空。
「今日は嬉しいのかもね」
細いのどが震えた。
「そういえば、これ学校のプリント」
曖昧な返事をした彼は薄く笑った。
「もう全然、わかんないや」
肩をすくませてから、そのついでに伸びをした彼のシャツからのぞくのは顔同様肌色の悪い、がりがりの腹部。それはやはり『ちゃんと食べている』者のものではなかった。
「俺が教えてやってもいいぜ」
片眉をあげて偉そうに胸を叩くと、「教えるのへたくそなの、知ってる」と経験論からものをいう彼が愉快そうに喉を鳴らした。
「もう、多分外へは行けないだろうから」
彼の顔はどこか満足そうだった。
「嫌いなわけじゃない、でも好きなわけでもない。将来に期待があったわけでもないから執着はない。だから、あんまり実感ないんだよ。死にたいわけじゃないけど、生き永らえていたくもない」
首をもたげて、彼は俺をみた。澄んだ目は何も映していないのかもしれないと、初めて思った。
それから彼は空を眺めた。
「君がこれから過ごす楽しい時間に僕がいないことが心残りだよ」
その言葉、顔の表情、声音は、彼がいなくなった後も俺を憑いて離さなかった。
いい気味だ。彼の悪戯っぽい声が聞こえた気がした。



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