第205期 #1

名探偵朝野十字の事件簿:赤い蜘蛛の恐怖

 12歳の少女が自室のベランダで心臓麻痺で死んだ。外は雨だったのになぜベランダに出たのか。
 私は西野順子。某大学の学生で、亡くなった智子ちゃんの家庭教師だった。
 あの日、台風が接近し蒸し暑かった。急な雨に打たれて、私は悲しい気持ちで夕方6時に智子ちゃんの家に着いた。広いリビングは湿度も温度も快適で、ふかふかのソファに座るよう勧められた。お母さんが、乾いた清潔なタオルとヨーロッパ旅行のお土産のビスケットを持ってきた。すでに智子ちゃんを呼んであるのですぐに来るから勉強の前に召し上がれとのことだった。紅茶を飲み待っていたら、不意に智子ちゃんの自室から悲鳴が聞こえ、慌てて駆け付けると、ベランダへの窓が開き風雨が吹き込んでいた。ベランダで智子ちゃんが倒れていた。智子ちゃんに駆け寄り抱き起すと、
「赤い蜘蛛が……」
 とつぶやき息絶えた。
 私は大学で「世界の謎研究会」というサークルに所属している。智子ちゃんの不審死の調査を提案した。
「現場は密室状態でした。何らかの……」
「病死だろ」
「警察と検視官の仕事だ」
 私の提案は却下された。
 同じサークルで一年後輩の新之助君が言った。
「朝野先輩に相談してみれば?」
「だれ?」
「名探偵だよ」
 独身おじさんのアパートは薄暗くて臭かった。ボサボサ髪をかきあげて、
「三つ質問しよう。彼女のベランダの対面には何があるか。彼女には恋人がいたか。彼女が苦手なものは何か」
 と言った。
「細い路地を挟んで閉鎖した病院が建ってます。幽霊が出るという噂です。智子ちゃんはまだ12歳ですよ。恋人とか。智子ちゃんは極度のアラクノフォビア(蜘蛛恐怖症)でした」
「そうじゃなくて、あこがれてた先輩とか」
「いとこの健司さんがくると様子が変でした。智子ちゃんが彼にあこがれていたかどうかわかりません。とりたててイケメンというわけじゃないし、付き合っている女性がいるし、彼女とのトラブルを抱えていると聞きました」
「様子が変とは?」
「わかりません。ただ……二人きりでひそひそ話していて、私が来ると黙り込むことがありました」
「彼が犯人だ。動機は、智子さんに性的犯罪をして、それがばれることを恐れた。方法は、病院からライトを使って智子さんの部屋の壁に赤い蜘蛛の模様を照らし出した。同時にベランダにドライヤーか何かを放り込み、彼女を感電死させた」
 健司さんは逮捕されたが、家族の悲しみの癒えることはなかった。



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