第204期 #7

このよのものと

 トレッドミルでウォーキングする。
 最近の日課。派遣会社が次の仕事見つけるまで、俺はフリー。夜勤が全然合わなくてやめた。今は営業の関さんが奔走してる。すまん。
 トレッドミルはYouTubeに繋がってる。
 俺は時間と体重、年齢を入力して走り出す。
 YouTubeで検索する。何検索しようか。
「このよのものとは思えない」
で検索する。
 このよのものと、で色々出てきた。このよのものと、はフリックが全部下段にフリックするから面白い。
 俺も下段だ。年収200万円。腰痛持ち。やべえ顔。このよのものとは思えない。
 たくさんの動画が出てくる。画面に。景色とか、風景とか。同じか。あとは食べ物とか、世界のB級グルメとか。それも、同じか。この世にはだいたいおんなじものが別の形で転がってる。
 俺は4,5キロのスピードで4,5キロの傾斜を付けて5分歩いてる。その間に画面にはこのよのものとは思えない風景が現れては消えていく。
 知らない世界の景色だ。これって撮影できるのかな。スマホで。そんなありふれたもので、こんなすげえ景色撮れるのかな。きっと嘘だな。そう思うことにする。
 歩きながらスマホで音楽聴いてる。もうウォークマンじゃない。ウォークマンもスマホも、もう同じようなもんだ。
『お前の言葉を待つ人は、お前と同じ絶望を持つ人』
 スマホからそんな歌詞とメロディーが、聞こえる。俺は深く同意した。その通りだ。そして逆も然り。同じこと。
 残り2分の歩行の中で、俺はこのよのものと、は思えないことについて考えた。なにも思い浮かばない。外を見る。眼下にはスクランブル交差点がある。ここは地元でも大きめの駅の近くにある。渋谷の何十分の一の大きさだけど、同じことだ。どっかの誰かにとってはこのよのものと、は思えない景色だ。現に今、俺はそう思ってる。この景色は何だろう。見ていると、今にも叫び出したくなってきて、駆け出したくなってくる。
「30キロカロリー消費しました」
 唐突にシステムが俺の歩行を中止させる。トレッドミルは止まって、何も写らない。
 ルール通りに手すりの汗を拭いて、次の人のことを考えて綺麗にする。次の人のことを考えて、行動する。いつもそう。鳥は自分のフン片付けないのに。
 そうか。
 俺は我にかえった。俺は鳥じゃない。



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