第203期 #5

明日の猫へ

 君がこの手紙を読む頃には、もうすべてが手遅れになってしまっているだろう。いつもより早く目を覚まし、ご自慢のひげを手入れして、ゆっくりと身繕いをしてから、それでもたっぷりと時間に余裕を持って君は家を出たはずだ。誰よりも早く目的地に着いた君は、自分の足の速さを再確認すると同時に、目的地のあまりの静かさに驚きと少しの疑いとを覚え始めるだろう。そして君はこの手紙に気づく。君の名前が宛先に入っている暗い色の封筒と、差出人の僕の名前を見て、どうだろう、察しの悪い君にもさすがに何が起こっているか分かってきただろうか。
 神様のいたずら、なんてものは僕は信じない。神様は僕らにずっとフェアだった。だから神様への逆恨みは止めて欲しい。この結果はあくまで僕の悪意がもたらしたものだ。恨むなら僕を恨め(一度使ってみたい言葉だった)。いろいろ思い当たることがあるだろう? ……ああじれったい。言ってしまうと、僕は君に嘘を教えたのさ。昨日だったんだよ、約束の日は。
 君の勝ち気な三白眼が吊り上がっていくさまを想像するだけで僕はわくわくしてしまう。ああ、君のことを考えるだけでこの手紙を書く僕の手は震える。一つは君に八つ裂きにされるかも知れない恐怖のために、もう一つはそれが少なくとも今日は起こりえないことに対する安堵のために、さらには君の愚かさに対しこみ上げる笑いをこらえるために。
 君は昔から言われたことを信じすぎるところがあった。それは君の自信から来るものだし、君の無邪気な風体によく合っていた。大事なことほど他任せにしてしまう君は、あろう事かレースの日付を僕に聞いたね。僕は君には何一つかなわないけど、君より弱いという一点だけで君を上回った。神様は常に弱い者の味方だよ。
 この件に懲りて、君は多少疑い深くなってしまうだろう。その点には心から同情する。神様に見捨てられる形になった君は、しかし人間という、神様の出来損ないの泥人形たちに好かれることになる。おあつらえ向きだと思うぜ。頭が足りない者同士、うまくやってくれると信じている。

 では、またいつか、どこかで。この一年、特にこの月は、僕の偶像を見る機会が多くなるかも知れないが、あまり気にしないでくれ給え。最後になったが、明けましておめでとう。

子年一月元旦
今日の鼠より



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