第203期 #4

カレー鍋と嫉妬

晴れた土曜日、三人で公園まで歩いた。

途中、息子が派手にころんだ。急に走り出して躓いたのだ。なんとか立ち上がったが今にも泣きだしそうである。膝は赤くなっている。
一個下の娘はつないでいた私の手をほどいて、息子のところへかけよると、耳元でなにかを囁いた。それを聞いた息子は少し驚き、納得し、足についた砂を払ってまた歩き始めた。
彼は泣かなかったのだ。


娘は戻ってきてもう一度私の手を掴んだ。ひと仕事終えて満足そうである。僕は魔法の言葉を知りたくて「何て言ったの?」と聞いてみた。
「ママがね、お兄ちゃんが泣きそうになったら今日はカレーだよって教えてあげなさいっていってたの。」
そういえば妻は家で野菜を切っていた。今夜はカレーなのか。

家の台所では今頃、大きい鍋にたくさん野菜が移され、カレーがじっくりと煮込まれている。カレー鍋のとろみの中をがゆっくりと、おたま描く模様を想像した。

それにしても、どうして妻は僕に今夜はカレーだと教えてくれなかったのだろうか。

 土曜日のカレーを巡って、息子は泣き止み、僕は意味のない嫉妬をした。



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