第202期 #8

肉食

 タクヤの昨日の現場はきつかった。現場監督のミスで余計な残業をさせられ、帰って発散しようとしたところつまらんことに妻のサヤカが生理中でふて寝を余儀なくさせられた。今日は休みなので朝寝をたっぷりして、写真週刊誌を見ながらパチンコにでも行こうかと考えていたらサヤカに車を出してくれと頼まれた。
「休みの日くらい俺の好きにさせろや」
「でもリョーマの一歳半検診今日なの、私車出せないし、仕方なくない」
「タクシー使えよタクシー」
「いいじゃんねえ、お願い、夜はたーくんの好きなヤキニク定食作ってあげるから」
 ぱっちりした目はきつい化粧で多少盛られていたが、十歳下の若い身体は天然ものだ。グレーのニットにゆるく包まれた乳房を横目に見ながら甘い缶コーヒーをあおり、鼻を鳴らしてタクヤはくたくたの化繊ジャージを羽織った。ヤキニク定食っても肉を焼いて出すだけだろうが、と内心毒づきながら、焼いただけの肉を家族で食らう姿には食欲以上のものを誘う何かがあった。

「結構早く出たのに車いっぱいだね……ついてくる?」
「まさか。寝てるわ」
 狭い駐車場にぎりぎりに滑り込ませたアルファードから、一歳半の息子と妻が去り、もう一眠りと目をつぶったところで鈍い音が助手席側のドアから聞こえた。
 しまったといった顔をして隣の車から出てきた若い父親と目が合い、驚きと敵意の表情をそこにぶつけた。「おまえさっきゴンっつったろうが」
 車から降りて確認すると、軽の開いたドアの先がタクヤのドアに当たっていたが、しかしタクヤの車には傷一つついておらず、少し緊張が解けた。その瞬間を逃さず
「すみませんでした」
 高い声で謝る父親を見て、タクヤは舌打ちし、三白眼をくれてやった。
「もっと車向こうに止めろや」
 慌てて駐車をし直し、リョーマと同じ一歳半の娘を連れて、「すいませんでした」と再度謝り、しかしタクヤの顔は全く見ずに男は保健所に歩いていった。

 昼寝から覚めると、サヤカとさっきの男が談笑しながら駐車場へ降りてきたところだった。タクヤのメンチに気付いて笑顔を引っ込め、男は去って行った。「だっせえ親父。おいリョーマ、お前あんなクソにはなるなよ」毒づくタクヤに相槌も打たず、真剣な顔でサヤカはスマホにメッセージを打ち込んでいた。

「サヤカです。さっきはいろいろ話せて楽しかったです。なんか、イクメン、って、かっこいいなあ笑笑今度いつ会えますかー?」



Copyright © 2019 テックスロー / 編集: 短編