第201期 #9

町は続く

 家を出ると、また新しい建物が建っているのが目に入る。当然のことのように、その建物が建つ以前にそこに何があったのかについては、頭のなかの地図が空白になっている。変化の激しい現在のこと、過去を振り返っても仕方がない。私は頭のなかの地図に新しい建物を組み入れる。
 駅に辿り着くまでのあいだだけでも、何軒もの新しい建物が新築されているのを発見する。すべてを確認し、すべてを頭のなかの地図に組み込む。地図は日に日に移り変わる。
 いくつも聳える建物の隙間から、切り取られた空を見上げる。空は日に日に分割され、日に日に小さくなっていく。空が落ちてきはしまいかと案じることはないけれども、視認できる部分がこうも小さくなってくると、さすがに不安になってくる。
 私がいま立っているこの足の下は、昨日立っていたのと同じ地の上なのか。
 電車を降りて駅から出たあとも、頭のなかの地図を書き換えながら、建物をひとつひとつ数えて歩く。ここに不動産屋さん、その隣がケーキ屋さん、この時間にはまだ開いていない塾のある角を曲がると、その先にあるのが目的地の。
 角を曲がり、頭のなかの地図がもう変化に追いつけなくなってしまっていることに気づく。目の前に続くはずの小道はもうない。代わりに広がるのは何もない空間。更地だとか空き地だとか透明だとか真っ白だとか、そういう知っている言葉では表現できない空間。
 存在するはずのものがまったくない空間。
 何もないところから何もないところに向かって建物が生えてくる。そもそもそれが建物だと認識できるのがなぜなのか、私自身にもわからない。もしかしたら建物だと思いたかっただけなのかもしれない。だってそれは波打っている。だってそれは呼吸をしている。
 だってそれは大きな口を持っていて、そのなかから生えている大きくて鋭い牙からは、溢れるような唾液が滴ってくる。
 足に根が生えたように身動きがとれなくなった状況で、私は大急ぎで頭のなかの地図を書き換える。それは私の上から大きくかぶさってきて、空はもう見えない。
 私を示す座標が消滅する。消えた座標の上にさらに新しい建物が建ち並び、町は続く。



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