第201期 #10

家族×景

 「私、アダルトビデオに出演しようと思うの」
 ひらりとスープをスプーンですくって唇を潤すと娘の友梨佳がぽつりとつぶやいた。武彦を含めた家族全員のスプーンを操る手が止まった。長男はナプキンで口を拭く仕草をした。かちゃ、とスプーンを取り上げたのは妻だった。それを合図に家族全員がまたスプーンを動かし始めた。友梨佳もまた何事もなかったかのように食事を再開し、食卓に空気が流れる。
「友梨佳、この前買ったグッチ、お母さんにまた貸してね」
「うん、あのバッグお母さんにはちょっと明るいけど、グレーのスカートと合わせるなら大丈夫」
「またパーティ? どうせ俺に送ってけっていうんでしょ。日にちだけ早く教えてね。また直前に頼まれるのはいやだからね」
「今回は斎田先生の出版記念会だから、何をおいても行かなきゃね。ご主人もどうですか、って誘われているんだけど、あなた、その日は仕事早く終わりそう?」

 武彦は上の空で友梨佳の告白を反芻していた。隠し事のないまっすぐな家族は、おそらく友梨佳が差し出す初回プレスのDVDを受け入れることになるだろう。ひょっとするとそれを家族四人で鑑賞することになるのか、食後のコーヒーを飲みながら、こんな会話を繰り広げるのか。

「ここ、すごく痛そうにしてるけど、実際は全然痛くなかったんだよね、男優さんが優しくしてくれて」
「へー、そうなんだ、今度俺に男優さん紹介してよ、どうやるか知りたい」
「友梨佳、二十枚ほど取り置いててね。友梨佳の初めて記念だもんね。もしかしたらこれがきっかけで先生の作品にご縁があるかも。お父さんも何枚かいるでしょ?」

 妻が魚料理をオーブンから取り出すために席を立つ。その背中を目で追うと、棚に立てかけてある家族四人の写真が目に入り、武彦は思わず目をそらす。
 改めて友梨佳の顔をまっすぐに見つめると、何の屈託もない顔で見返した。その目が「何も心配することはないよ」と言っていて、少し安心しそうになった。馬鹿な。十八の小娘に俺は何を甘えようとしているのか。理解ある父親、理解ある家族、そんなものはくそくらえだ。

 「むんず」

 まだ湯気が立ち上る魚料理が並べられた一枚板のテーブルを左手で握り閉め、右腕を差し入れ、ああなんて重い、肩までテーブル下に差し込み、かがんだ足に力を籠め、そのまま一息にひっくり返す。飛び散るナイフ、フォーク、白身魚の向こう側、家族の顔、泣き笑い。



Copyright © 2019 テックスロー / 編集: 短編