第201期 #8
塔の入口には、古ぼけた椅子に腰かけた老人が一人いるだけだった。
私は老人に声をかけたり揺すったりしてみたが、何も反応がないのでしばらく待つことにした。老人は入口の番をしているのかもしれないし、勝手に塔へ入ったことで後々面倒事になるのを避けたかったからだ。
もっとも、塔へ入ることは誰にでも許されているのだから、何か手続きが必要だとしても名前を記帳すればいいという程度のことで済むはずであり、老人が番人であるなら、きっと記帳簿を管理するだけの簡単な仕事を与えられているに過ぎないのだろう。しかし、私が勝手に塔へ入ったことで責めを負い、番人の仕事を失う羽目になってしまったら、この眠りこけた老人はたちまち路頭に迷ってしまうかもしれないのだ。
「あんた誰?」
声に振り返ると、子どもが立っていた。
「言葉がしゃべれないの?」
「違う。すぐに言葉が出ないこともあるし、今がそれなんだよ」
子どもは老人のそばに近寄った。
「おじいさんは死んでるよ。だからもうしゃべらないの」
私は子どもと二人で塔の近くに穴を掘り、老人を埋葬してやった。
話を聞くと、老人とその子どもは塔の中に住みながら番人の仕事をしていたのだという。
「きのう死んだの」
子どもは盛り上がった地面を見ながらそう言った。
「本当は死んでるかどうか分からなかったけど、あんたがやって来たからもう死んでることにしてもいいと思ったの」
私は、子どもを一人置いていくのも気が引けたのでしばらく塔に住むことにした。老人がやっていた番人の仕事も引き受けることにしたのだが、何日たっても塔を訪れる者は誰もいなかった。子どもにとっては、私が初めての訪問者だったようだ。
「楽な仕事だけど、なんだか寂しいな」
塔の周りに広がる平原に向かって私がそう言うと、子どもは地面にうずくまりながらつぶやいた。
「さびしいってなに?」
私は、空に浮かぶ小さな雲を見ながら考えた。
「ひとりぼっちになると自分の居場所を見失って、それで人は寂しくなるんだと思う」
「ふーん、そうなの」
「おじいさんは死んだし、塔を訪ねる人間もいない。だから君は、もうここにいる必要はないんだよ」
それから数日後、私と子どもは塔をあとにして旅へ出た。しばらく歩いたところで後ろを振り返ると、塔が音もなく崩壊していくのが見えた。
私たちはその様子を黙って眺めたあと、何も無くなった平原に背を向けて、再び歩きはじめた。