第201期 #3

白夜

 破滅に美学があるように、トーストにも焼き加減がある。冬目前の秋にだって生存権がある。
 ならわたしには?
 それがないんだな。
「切ってはって切ってはってを繰り返したら実存性は生まれる? ほんと? ほんとうに? 」
 私は考える。
「実在性の間違いだよ?」
 彼はそうやってちゃちゃをいれる。いつも、いっつも。ちがうの。わたしが知りたいのはそういうことじゃない。あなたの、わたしに対する、軽んじたあしらいなんていらない。
「実存主義と実在性をごっちゃに捉えてるんだね。興味深くて君らしいや」
 あなたはわらう。わたしもわらう。わたしが笑ったのはあなたのためよ。わたしが笑わなかったらあなた悲しむでしょ?
 わたしは寝転ぶ。冷たいベッドに。もう外は夜だ。そして冬だからすごく寒い。最後に太陽が出たのはいつだろう。あまり思い出せないな。
 ぶぉんぶぉん。ぶぉん。
 近所をバイクが走り抜けてる。この国では言い方が違うかもしれないけど。彼らは何もファシリテイトしなくていいから、楽だよね。うるさいだけで、他になにもいらないんだから。
「君に会えなくてさみしいよ」
 画面の向こうの彼は言う。彼は今日本にいる。日本ってどこだっけ? きっとあったかいんだろうな。わたしはクロイツェル・ソナタの国にいる。遠き地、凍ての風、埋葬。ここはそんなところ。
「おしごとがんばってね」
「きみもね」
 それじゃあ、と私たちは会話を終わりにする。わたしは寝転ぶ。冷たいシーツが心地よく感じるほどわたしはこの生活に入れ込んでる。
 窓を開けるついでに夜の帳もそっと開ける。外には何がある? 公園にひとりの美しい女が立っていた。その女は白いコートを羽織って、携帯電話を持っていた。さっきまでベッドの中にいたのだろう。コートの隙間から寝巻きが見える。彼女の涙は凍てつき、目尻を覆っている。彼女はもう光を知らなくていいのだ。そう思うと彼女は安心し、開かない瞼をもう一度閉じた。眩しすぎてなにも見えないことは、わたしの尊厳を凍り付かせるから。



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