第201期 #2
お隣さんの玄関が開いていたので二度見した。
だって、扉の上の赤ランプが点灯している。
国民間相互安全保障法によって設置を義務付けられている、あの赤ランプがだ。
そんでもって「ビー」とブザーまで鳴っている。
これの意味するところはつまり「お前は通勤している場合ではない」ということ。
「マジか……」
ため息を吐きながら、意味もなく腕時計を見る。
覚悟を決めるしかなかった。
私は、端末で上司と部署に勤怠連絡を行った。
こういうケースに遭遇した場合、他にやらなきゃいけないことがあった気がしたが、見事に忘れた。
一回家に戻り、スーツを脱ぎ捨て、化繊のジャージ上下に着替えて、運動靴に履き替え、マスクを三重ぐらいにして、ジム用に使っていた水中ゴーグルをつけ、軍手をして、あと適当に必要そうなものをウエストバッグに入れて、再び家を出た。
ブザーは鳴り続け、赤ランプも点灯したままである。
夢であってほしかった。現実は非情だ。
玄関前に改めて近づく。
思ったより臭いがない。
「お邪魔しますよ」
一応の挨拶をして、玄関から屋内に踏み入る。
変哲のないシューズクローゼットに、カーペット。
スリッパの類はない。
明かりはついていない。
廊下は真っ直ぐ奥に続き、左右にトイレ、風呂場、客間。
うちと間取りが同じだ。
慎重に進み一部屋ずつ確認する、異常はない。
やがてリビングに到達する。
そしてそこにお隣さんがうつ伏せで倒れていた。
「マジか」
お隣さんは寝間着だった。
リビングは綺麗に片付けられており、キッチンに洗い物の残りの類もなかった。
ていうか、綺麗すぎないか?
「ぁ」
それがお隣さんから発せられた声だと気付いて私は死ぬほどびっくりしてそのままお隣さんを急いで仰向けにしてお隣さんがまだ目を開けていて何やら麻痺をしているらしきことを確認し細い呼吸音があるのを聞いて涎を垂らして虚ろな目で私を見ていてわずかに身体が震えていて原因はまるでわからないが私はお隣さんに馬乗りになり四肢を拘束しウエストバッグに入れていた安楽死用の薬品を注射器をお隣さんの首筋に打ち込んで注入して注入して注入し終えて動かなくなったのを見て天井を仰ぎ見て深呼吸した。
照明器具がシャンデリアみたいな形をしてて派手だなと思った。
「……マジか」
壁に掛かった時計を見る。
端末を家に置き忘れたことに気づく。
――この場合の手当てって、いくらになるんだっけ。
私は、お隣さんの瞼を映画のような手つきで閉じた。