第200期 #6

そこまでドライブ

 初めて乗せてもらった小夜ちゃんの車は、お花の甘い香りがふわっとして女の子の車だなぁと思った。
 私が道路に出た時には、目的地をナビに入れている所だった。彼女は手足が悪い。指に軽く拘縮があるので、ナビのタッチパネルを押すのも指の第二関節辺りを画面に軽くぶつけて、ノックするように器用にやっていた。

「さっき豚骨ラーメン食べてたから、臭かったらごめんね」
「大丈夫、大丈夫。てか、車なんかむっちゃいい匂いやね。なんか、女子の香りって感じ?」
「そうかな? 鼻が慣れて全然わからん」

 小さな手足を軽々動かし、車が滑り出す。右手はハンドルを。左手はシフトレバーを握っている。ハンドルに取り付けてある革製の器具に手をはめることで、手首を捻らずとも腕を動かせばハンドルを回せるようになっていた。
 船長が舵を切るようにハンドル捌きは軽快だ。

「ラーメンて、彼氏と一緒に食べてたんや?」
「うん、すぐ西行ったとこのラーメン太郎ってとこ。美味しかったよ」

 小夜ちゃんの彼氏は、ラーメンが好きで少し年下で。一人暮らしをしているのでよく料理を作りに行っていることを話を聞いて知っている。

「今日は彼氏さんと遊んでたんやねぇ」
「うん、旅行の計画一緒に練ったり」
「へぇ。今度はどこ行くん?」
「福岡と長崎と」
「お、九州やん」
「なんかなぁ、私が九州行ってないって言ったら向こうが凄いビックリしててな。というか普通行ったことあるもんやろ、て言われて。そんな珍しいもんかな」
「んー。あんま行く機会ないかな、修学旅行は九州やったけど」

 彼氏のこととなると、いつもどこか小夜ちゃんは愚痴っぽい。しょっちゅう週末になると会っているのに、積もりに積もった不満がポロポロと会話の端々から溢れていく。
 それを若干内心面白がって聞いている私は、捻くれ者だ。

「きちんと一緒に計画練れてるだけ凄いやん」
「そうかなぁ、流石に九州は色々調べとかないとなぁって」
「うん」
「うちの彼氏、ずっと携帯ばっかり触ってるから『お得意のスマホで調べたら』って冷たい感じで言うてしまうんよ」
「あはは、ほんま」

 ちらちらと、小夜ちゃんはこの彼氏といつまで続けるのだろうと考えてしまう。何だかんだ仲は良さそうだけど、小夜ちゃん自体にこの人とずっと……という風な、期待のようなものは微塵もないし。

「私ももっと寛大になりたいとは思うんやけど……」

 信号を見つめたまま小夜ちゃんはポツリ溢した。



Copyright © 2019 ウワノソラ。 / 編集: 短編