第200期 #3
クラブで声をかけた女は笑うと幼さが際立った。貼りついたように笑い続けるので、声をかける前の物憂げな表情はもう思い出せなかった。女は笑いながらブロークンな英語で叫んだ。「ウェラーユーフロム?」
マットはもともと日本人女性には特に思い入れはなかったが、実物を目の前にして、彼女らに入れあげる同郷人の気持ちがなんとなくわかる気がした。マットはスクールカーストの上位から転落したことはなかったので、下位に属する連中のようにねじ曲がった性癖を持ち合わせてもいなかったし、彼らのように米国で成就できなかった自分の支配欲を、二次大戦後すっかり仲が良くなったトモダチ国のメジャー級人材で昇華させる必要もなかった。マットの見立てでは「メジャー級」の外国人選手を自分の恋人として得意になっている連中はだいたいシリコンバレーにいた。彼らのうちの一人に招かれてその家と同じようにスタイリッシュに振舞う日本人女性を見、彼女たちが「正しい」自由を語るときのまっすぐな小さな目を見るとどうにもむずがゆく、歯の浮くような気持ちになり目をそらすと、スタイリッシュな部屋にすっかりなじんだ掛け軸が目に飛び込み、その時天啓のように、日本で日本人女性を抱かねばならぬと思った。
ホールの音楽をかき消す声で女が「アーユーオーケー?」とのぞき込んだ。マットは笑うとダイジョブ、と笑って、よかったら家で休ませてくれないか、と言う意味で「オウチ、オウチ、オーケー?」女は笑いながら肯いた。「ダーティーハウス、ダーティー、ダーティー」
DirtyでもMessyでもないドールハウスのような部屋でマットは女を抱いた。始終女は笑っているようだった。うつぶせに組み伏せた女の肩甲骨にfreeという彫文字を見つけると、マットは腰を振りながら白壁を見、そこに遠い故国を描いた。
差し込む朝日で目覚めると女が「ハッピーニューイヤー」と笑った。外に出る女についてダウンを羽織り、導かれるまま誰もいない神社の鳥居をくぐった。女の真似をして賽銭箱にポケットに入っていたくしゃくしゃの1ドル紙幣を投げ入れ、笑いながら女を見ると見返す女は真剣な顔で「ユアネームアンドアドレス、ファースト、ゼン、プレイ」「Play?」
女から返答はなかった。拝殿に向き直るとその後ろに朝日が眩しく、不意を突かれたマットはくらっとして目を瞑り、そのまま押さえつけられるようにして頭を垂れた。