第200期 #2
崇がサイコキネシスに目覚めた日、大分県の玖珠川ではアユ漁が解禁された。
「ねえお父さんは?」
「大分行ったわよ、釣りに」
崇にはにわかに信じられなかった。
サイコキネシスである。一人息子がサイコキネシスに目覚めたというのに、親父は大分まで一人で釣りに行きやがった。
もちろん予告したわけでもないし、父には父の予定があるのだから恨む筋合いもない。だが幼い崇にはどうにも釈然としない。
アユを釣るそうだが、泊まりだというし新鮮なまま持って帰る気はないらしい。息子がサイコキネシスに目覚めたその日に、父は一人でアユ釣りを楽しみ、釣ったアユを焼いてビールと一緒に頬張るのだ。
「洗い物終わったら洗濯物干してくれるかしら。そこ置いとくから」
微粒子レベルで汚れが取り払われていく食器たちに目もくれず、母はそう言い残して洗面所へ去った。
台所のシンクに両手を翳しながら崇はそれを見送る。一人息子がサイコキネシスに目覚めたばかりだというのに、なに順応してんだこのクソババア。
「あ、シワも伸ばせるわよね?」
「うん……多分……」
心中で悪態をついたところ、急に母が顔を覗かせたので、崇は染み付いた固定スキルの弱気を発動せざるを得なかった。サイコキネシスを発動できるというのに、俺は何をやってるんだ。
ベランダで虚空に両手を翳す。
淀みない動きで洗濯物がひとりでにハンガーに吊るされていく。
洗濯物に含まれる水分子をひとまとめにして洗濯物から切り離せば数分とかからず全部乾くのだが、母には言わないでおいた。それが崇の精一杯の抵抗だった。
今頃大分の河原で大はしゃぎしているのであろう父のワイシャツのシワを丹念に伸ばしながら、思いつく限りの呪詛の言葉を胸の内で両親に向けて吐いていところ、突然両肩に重みを覚えた。
崇の驚愕に呼応するように、宙に浮いていたワイシャツがベランダに落ちる。
両肩に乗っていたのは、母の筋張った左右の掌だった。あかぎれの感触まで生々しく、今の崇には実感できる。
「心配しないで。崇がどんなふうになっても、お父さんもお母さんも、あなたのお父さんとお母さんよ」
ここにきてその発想はなかった。崇が応えあぐねていると、耳元で母がいたずらっぽく笑った。
「お父さんばっかりずるいから、夜は焼肉行こっか」
「行く!」
微粒子レベルで最適な火加減のカルビを食べられるんなら、なんかもう別にどうでもいいや、と崇は思った。