第200期 #10

迷いネコみるきー

 秋のページに踏み出したスニーカーの足裏が、ぐんにゃりとした空想の地雷を踏んづけてしまった私は、きっと次の瞬間に爆発しながら砕けていくセカイの匂いや甘い殺意、そして食べかけのシュークリームにさよならを言うひまもなくただ地面に向かってぐきゅーと叫びながらその踏んづけている足元に目をやると、それは空想の地雷なんかじゃなく昔なじみの迷いネコみるきーの柔らかいお腹だった。
「夏は終わったんだね」と、みるきーは私を見上げながら言った。「ほら、彼岸花が揺れて」
「ごめんね、みるきー」
「僕はネコだけど決してにゃあとは鳴かないのさ。でも時々は、にゃあと鳴きたくなるときだってあるんだよ」
 私は、セカイが砕けるほど心地よいネコのお腹に、そのまま沈んでしまいそうな自分にハッとして足を引っ込めた。
「ねえ、みるきーっていつも、サビついて動かなくなった風見鶏みたいに夜空を眺めながら星を数えているでしょ」
 迷いネコみるきーは、私の空想の地雷に付き合ったせいで内臓が破裂し、咳に血が混じりはじめていた。
「私ね、もう無理して星なんか数えなくてもいいと思うの。だって星の数には限りがないけど、みるきーはいつか死んでしまうでしょ」
 私は、落ち葉が秋の絵を描き始めた地面にゴロンと寝そべると、力なく横たわる、ネコの流れるような体の線にそって指先を滑らせた。
「僕はね、にゃあと鳴くことに疑問を感じていたのさ、それでね」
 みるきーは肋骨も折れてるみたいだった。
「僕はね、にゃあと鳴くことをやめてみたんだよ。そしたらね、もっと疑問が増えてね」
 仰向けになったみるきーは、滝のように血を吐き出しながら、肉を焼く炭火のように赤く燃える、夕暮れの空を見た。
 私は体を起こして、缶ビールを開けた。
「僕はね、秋という季節が嫌いだから、秋の間はいつも夏のことばかり考えているのさ。入道雲とか、ノースリーブから覗く肌とか、ラジオ体操とか。するといつの間にか冬になっていてね。冷たく澄んだ空気を吸い込むと、今度は秋のことを考えてしまう。嫌いな季節だとしても、せめて秋刀魚や秋ナスを食べておけば良かったと後悔するのさ」
 私は缶ビールを飲みながら、食べかけのシュークリームを食べた。
「でも春になると、僕は一からやり直すことができる。僕は何にだってなれるし、何でもできる。だけど今は、僕を抱きしめて欲しいんだ。君が僕にくれた、お気に入りのバスタオルにくるんで」



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