第20期 #6

なくした

 インターフォンが鳴ったので、玄関のドアを開けた。
そこには彼が立っていた。
「なくしちゃったみたいなんだ。」
と彼が言った。
「何を?」
と聞くと
「それが思い出せないんだけど、とにかく君の部屋でなくしたみたいなんだ。」
玄関で話していても仕方がないので、私は彼を部屋に入れた。
なくしたものの大きさとか色とか形とかを聞いても、思い出せないと彼は首を振る。仕方がないので、好きなように捜させる事にした。どうせ2DKの狭いアパートだ。さがすところなんて限られている。
 彼はまず玄関の靴箱を開け一通り見終わると、キッチンの引出しやら開きやらを片っ端から調べていった。それからお風呂場、トイレ、トイレは便器の中まで覗いた。
しかし目的のものは見つからないらしく、次から次へとさがし続ける。
またキッチンに戻って塩の入ったビンまで開けたので、「そんな小さいものなの?」と聞くと、「わからない」と首を振りながらも、さがす手を休めなかった。
 フローリングの部屋も、テレビの下とかビデオの奥とか本棚の隙間とかカーテンの裏とか闇雲にさがし回っている。
「ねえ、何か手がかりのようなものはないの?ひとつでもあれば、私も手伝えるよ。」
そう声をかけたが、彼は黙って首を振った。どうしようもないので、私はそんな彼の姿をただ見ているしかなかった。
「こっちの部屋も見ていい?」フローリングの部屋を一通りさがし終わって、彼が言った。
「いいよ。でも、タンスくらいしかないけど。」
隣の和室のドアを開ける。そこには本当にタンスしかない。
彼はそのタンスを、上から順番に丁寧にさがしていく。けれどやっぱり見つからないようだ。
押入れに気がついた彼は、そのふすまをそっと開けた。
 そこには男がいる。男は膝を立てて座っている。体を壁にもたれさせ、首は不自然なほどうつむいている。右手がだらりと下がっている。しまってある布団はぐっしょりと血を吸い込んで真っ赤に染まっている。
「ああ。」
と彼は言う。
「俺がここでなくしたものは、俺の体だ、、。」
「忘れてたの?」と私が聞く。
「、、、忘れてた。」と彼が答える。



Copyright © 2004 長月夕子 / 編集: 短編