第20期 #31

自転車レース

 どうやら日暮れが近いらしく、傍を通り過ぎてゆく自転車は、みな黒いシルエットになっていて、時おり街灯にぼんやりと姿を映し出されるのも束の間、そう広くない道を何かに急き立てられるように、先へ先へと急いでいた。
僕も彼らに遅れてなるものかと、懸命にペダルを漕ぐのだけれど、思うように速度が上がらず、もう何か必死なとでもいうべき有様になってしまって、口惜しい気持ちで一杯になる。
 その僕の気持ちを見透かしたように辺りはどんどんと暗くなっていき、彼等が、ああも急いで自転車を走らせていたのは、成る程、日暮れに追いつかれないためだったのだ。合点するも、それだからといって速度が上がる訳でもなく、僕はもう殆ど暗闇に飲み込まれてしまって、諦めに近い気持ちを覚え、ペダルを漕ぐのを止め、そのまま自転車を滑走させた。
 もうまるきりあたりは闇だとついに観念すると、いままで燈っていなかった電柱の街灯がいっせいに瞬き、まるでスポットライトに照らされたみたいに、僕は灯りに晒されてしまった。唖然とすると共に何か違和感を覚え、その正体を探るように目線を彷徨わせると、照らし出されくっきり浮かび上がった僕の影が懸命にペダルを漕いでいて、思わずじっと見つめてしまう。影の方でも僕が気付いたことに感づいたようで、さらに懸命にペダルを漕ぎ、やがて、ぷつりと、僕から離れ、明るくなった道をどこまでも駆けていった。
 必死で自転車を走らせる影を見送ると、何故だかひどくせいせいとして、その僕の気持ちに合わせるように、街灯が瞬くと、一斉に消えた。
 ああ、これで良い。何もかも良いんだ。と、僕は真っ暗闇の中、一人そう思う。



Copyright © 2004 曠野反次郎 / 編集: 短編