第20期 #30

愛しいものの名で

 駅への裏通りに一軒のペットショップがあって、ピンクの看板の横にトリカゴが並べられている。トリカゴは三段に積み上げられ、その位置は日々変わる。文鳥と十姉妹が並んでいるときもあれば、インコばかりが三段積み上げられているときもある。それら金網のトリカゴとは違い一回り大きな竹のカゴが、いつも入り口のすぐそばに置かれていた。ぱむという名前だと店の主人が教えてくれた。九官鳥だった。
 椰子の実みたいなぱむの体がふたつ分入る横長のカゴで、ぱむはカゴの両端にある止まり木を行ったり来たりする。ぴょんと跳んで行き止まり、向きを変えてまたぴょんと跳んでは行き止まり。濃紺の羽を貝殻のように固く閉じ、よく動く目で周囲を捕らえる。細く突き出た黄色いくちばしが開かれるのを、まだ見た事がなかった。

 夕刻のペットショップには、女子高生が立ち寄る。四.五人のグループが次から次へとぱむのカゴを覗く。女の子たちはぱむを見ると口々に言い合った。
「かわいいー」
「かわいいねぇ」
「まじかわいい」
ひとしきりの「かわいい」を言い終えると、今度は先を争ってぱむに話しかけた。
「こんにちは」
「言うかな」
「言うでしょ、普通」
「これ、九官鳥でしょ」
「犬に見える?」
「犬もしゃべるらしいよ」
「こんにちは。はい、言ってみて」
「こんにちは」
「犬じゃないんだから」
「じゃ、わんわん」
「言わないじゃん」
「だから、こんにちはだよ。基本だもん」
「こんちは」
「こんにちは」
「こん」
「略しすぎ」
「やだー、通じないー」
言葉はぱむの体をすべるようになぞり、竹カゴの隙間に抜けていく。女子高生の膝上プリーツに日暮れが絡み、影を伸ばし始めた。
「欲しいねー」
「めちゃ欲しい」
「欲しくない?」
「欲しいー」
影はしゃべりながら延々と路上を歩き、決して消えることのない耳鳴りのようにあたりかまわず響いた。夕暮れの町に欲しい欲しいと鳴く影を、時折車が轢いて行く。その度にぱむは呼んだ。
「きぃぃー。きぃぃー」
ぱむの回りに積まれたカゴの鳥たちが騒ぎ出す。何十羽もの鳥のくちばしが一斉に開かれ、羽ばたきに乗って産毛が散った。それは「欲しい」という言葉を飛ばしているようでもあった。人の言葉が闇に消え、ぱむの言葉がそれに替わる。いや、始めにあったのは、ぱむの呼び声だったかもしれない。
 すでに『欲しい』という言葉の意味を、私はどうしても思い出せなくなっていた。


Copyright © 2004 真央りりこ / 編集: 短編