第20期 #29

アメリカひよ鳥

 あたたかくなって来て、今年も庭にクロッカスが咲いた。黄と紫の小さなつぼ型の花が肩を寄せ合う風情は、見るからに微笑まれるような可愛らしさである。
 特に何の手入れもしていないが、冬枯れの庭に例年いち早く春を伝えてくれる。今年は特にみごとに咲きそろった。
 去年まではこれほどの眺めはなかった、どころか、無残なものであった。というのは、ここにひよ鳥なるいたずら者があって、春の妖精のように可憐なクロッカスたちが地上に姿を現すや、何処からともなく飛来し、花が開くか開かぬうちに片端から啄み、むしり、散らし、食ってしまうからである。
 今年こそは人間もクロッカスのお花畑を鑑賞したいので、二つの対策を施した。その一つは花畑の周囲に棒を立てまわし、紐を張りわたすことである。これによって、明らかにひよ鳥どもは侵入を妨げられたようであった。
 もう一つには、彼らに他の食物を提供する。
 最近うちでは「韃靼そば茶」なる飲みものを喫する習慣があって、これ元はいかなる植物の実であるか、あたかも文鳥か何かに与える餌みたいなものである。
 人間がいいかげん飲んでふやけ切った出し殻を、庭の反対のすみの大きな花梨の鉢の根元に晒してみたところ、ひよ鳥には殊のほか好評を博した。あまり食いすぎて、腹を下してその辺で死んだりしたら、今はやりの悪い病気と疑われはせぬかと冷や冷やするほどである。
 これで花畑も護られ、ひよ鳥も食欲を満足し、八方丸く納まったかと思われたが、世の中そう単純には行かない。
 庭には以前から雀の群れも来ていた。彼らはほとんどは地べたをちょんちょんと歩き回って何か突ついているが、やっぱりこのそば茶に惹きつけられているのである。
 時に勇気あるはね返りものが、花梨の鉢に登って、すさまじい勢いでかっ込んでいることがある。しかしその至福は長くは続かない。どこかで見張っているひよ鳥が、耳をつんざく叫び声とともに特攻をかけてきて、あっという間に追い払われてしまう。
 自分が食べるために追っ払うのではなくて、とりあえず追っ払って安心する。そば茶という貴重な資源の産出する領域を、なわばりとして排他的に確保したいらしい。
 この行状により、彼には「アメリカひよ鳥」なる綽名が付いた。ここしばらくうちの庭は鳥どもの相争う修羅場と化しているが、そば茶の供給を止めるわけには行かない。食い物が無くなって花を荒らされては困るからである。



Copyright © 2004 海坂他人 / 編集: 短編