第20期 #28
塔のてっぺんへと続く螺旋階段にはたくさんの死体が転がっていた。外は晴れ渡る空からの太陽で燦々と輝いているというのに、この石造りの塔は薄暗闇に広がる湿りと血と汗の匂い、こだまする軍人たちの声の残響が支配している。耳の奥で静かに鳴り響く怒号、銃声、叫び。どこの国の誰の声とも知れない。どこからどう間違ったのか知れない。我々は殺し続けた。醜い獣たちでも、妖精でもドワーフでも悪魔でもなく、同じ人間を。
彼らはどこにいったのだろう。
階段を降りようと思う。家に帰りたかったのだ。家に帰りたい。「家に帰る」という響きがなぜか心を打った。
階段をゆっくりと降りてゆく。壁づたいに。戦闘で疲れたのだろう、力があまり残っていない。倒れないように片方の腕を壁について支え、バランスを取りながらゆっくりと降りてゆく。死体の間を、死体の上を歩いて。
小さな窓から光が洩れている。青空と緑の草木と、遠くに森が見える。少し冷たい風が、ふと私の顔を撫でる。
突然、涙が溢れてきた。最初の一粒が流れてしまうと、あとはもう止めどなかった。止めようがなかった。止める必要はないし、どうしようもなかった。ただ、何に対して涙を流しているのか、何のために流しているのかが分からなかった。悲しかった。悲しくて悔しかった。でもその対象はわからない。なぜわからないのだろう。悲しいのはわかる。人をたくさん殺した悲しみだろうか。悔しいのもわかる。自分の無力さに対する悔しさだろうか。でも、私はそんなことは考えていないのだ。何も感じない。こめかみの奥に映るのは、青い空を飛ぶ私だ。カラダは軽く翼は風を簡単にとらえ、空の高みへとぐんぐん上がってゆく。街や人はどんどん小さくなってゆく。私はどこかに飛んで行ってしまいたい。私はなぜ泣いているのだろう。
生き残るのだ、と思った。数えきれない人間を殺し、私は生き残るのだ。さっきまで銃を持っていた両の手はまだ震え、発砲の重いリアクションの連続に肩は疲れきっている。そういう全ての重さが、私に「生命」をおしえていた。
階段はいつまで続くのだろう。私をどこへ運んでゆくのだろう。どこでもいいからまた、あの青空の下に戻りたい。どこでもいいから、あの空のもとで死にたい。消えゆく声のこだまに、私は連れてゆかれたくない。消えゆく力を振り絞って、殺して殺して殺して、進む。いつか、誰かに殺されるまで。