第20期 #27

げじげじまゆげ

 土曜日の午前10時43分に、げじげじまゆげの女がやってきた。あたしがテレビを見ていたところで、チャイムも押さずにやってきた。誰なんだ、どこの何様なんだと文句の一つもつけてやりたかったけれど、寝転がって堂々とテレビを見始めたものだから、ついつい声をかけるタイミングを見失ってしまった。
 それにしても何というげじげじまゆげ。毛虫のような、なんて表現も生ぬるい。横がこめかみのあたりまで生えていて縦が額の真ん中まで陣取っているそれは、いつの日か顔の外にはみ出してしまうのかもしれない。
 そう思ってつい触ろうとしたところで、逆に腕を捕まれた。止める間もなく彼女のもう一方の手で、あたしの額に円が描かれる。するとそこにぽっかり穴が開き、すぐさま中へ指を入れられ優しくまさぐられた。それが痺れるように気持ちよくて変に甘い声が出たところで、引き抜かれた彼女の手にあったのは白い小さな花。
 一体あたしのどこにそんなものが隠れていたのだろうと首を傾げていると、彼女は大事そうにそれを懐にしまい、そしてまた何事もなかったかのようにテレビに向き直った。そこで急にあたしは眠たくなってしまったのだけれど、女の前で寝るのはいやだったから、外へ出ることにした。
 道の途中の四つ角で、きれいな三日月のような形をしたまゆの男の人にぶつかった。その勢いで彼は開きっぱなしのあたしの額の中に思い切り手を突っ込んでしまい、そのまま抜けなくなってしまったようだ。焦った相手が力任せに腕を引っ張ったので、あまりの痛さにあたしは涙を浮かべる。でもとにかく我慢して足を踏ん張り勢いよく後ろに下がるとすぽんと抜けて、彼の手にあったのはおたま。赤い取っ手のステンレスおたま。美々しい彼にあまりしっくりこない代物だったけれど、あたしはお近づきの印にそれをプレゼントすることにした。
 ところが彼は笑っておでこの中に返す。
「それは君のものだから、僕は受け取れないよ」
 急いで家に帰ると、女はまだテレビを見ていた。あたしは先ほどの花を、自分のものだから返すように要求する。女は無表情のまま、あたしのおでこをさっと触り、穴を閉ざした。
 そして、返せない、と柔らかな笑み。
「だって。あまりに美味しそうだったから、もう食べてしまったのよ」
 あたしは女の額にでこぴんをして、それから、湧き上がってきた感情に従い相手を抱き寄せた。10時53分のことだった。



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