第20期 #20

 目覚めたドーナツは、胸にぽっかりと穴が空いたような気分でした。それで自分の胸に手をやってみるとどうしたことでしょう、本当に穴が空いているではありませんか。
 驚いたドーナツは飛び起きて鏡の前に立ちました。間違いなく体の中心がくり抜かれています。ドーナツはあまりの衝撃に全身茶色くなって、部屋の隅で水を飲んでいた職人さんに詰め寄りました。
「穴が空いている」
「ああ、空いているね」
「何か、とても大事なものを無くしてしまった気がする」
「気のせいだよ」
 職人さんは首に掛けたタオルで汗を拭って、面倒臭そうに答えました。
「どうしてそんなことがわかる」
「何を言っているんだい。君には初めから穴があったじゃないか」
 そう言われて、ドーナツははっと息を呑みました。目覚める前の記憶がひどく曖昧なのです。目の前にいるのが職人さんだということはわかりますが、喉元まで来ている彼の名前が出てきません。自分が今何という町にいるのか、知っているはずですが言えません。
「そうだったかな」
「そうさ」
「でも、それならどうしてショックを受けて茶色くなったんだろう」
「何を言っているんだい。君は初めから茶色かったじゃないか」
 そう言われて、ドーナツはじっと自分の体を見つめました。茶色くなる前は何色だったのか、やはりドーナツ自身答えることができません。
「でも、確かに何か、胸の辺りにあったと思うんだけどなあ」
「さあさあ、もうすぐ出荷の時間だよ」
 職人さんに促され、ドーナツは渋々元いた場所に戻りました。その場所を何と呼んだらいいのか考えてみましたが、わかりませんでした。
 暗く狭い場所に閉じ込められて、ドーナツは送り出されました。運ばれる道すがら色々なことを思い出そうと努めましたが、切ないような悲しいような、やるせない気持ちばかり込み上げてくるのでした。
 やがて光が射し込んできました。まばゆいばかりの太陽の光を浴びても気分が晴れなかったドーナツは、ああ、まるで胸にぽっかりと穴が空いてしまったようだ、と呟き、それを自分でもなかなかの名言だと思いました。
 しかし明るい場所に出たのも束の間、突然ドーナツは真っ二つにへし折られてしまいました。自分の片割れが見る見る内に遠ざかって暗い穴へと呑み込まれて行くと、もう胸の穴の心配をする必要もありません。撫で下ろす胸を持たないドーナツは、ただ目を閉じて横になりました。



Copyright © 2004 戦場ガ原蛇足ノ助 / 編集: 短編