第20期 #11

そらのした

藍は純情女学園の高校二年生。小学校の頃から幼なじみの晴久と遊んでいた。しかし、中学生のあるとき急によそよそしくなっていました。しかし、藍は晴久が好きでした。部屋にいると晴久のことばかりが思い出されてせつなくなりました。ある日曜日の朝、飼っていた犬がいなくなりました。夫婦喧嘩があると、犬は情緒不安定になり家中をかけ回ります。今朝は勝手口が開いていて出て行ってしまったのです。藍は血相を変えて犬を探しに行きました。犬は藍の宝物でした。探しに出ると向こうから晴久が来ました。上気しうつむいて通りすぎようとしたときに、藍はポケットから小銭をまいてしまいました。すると、晴久が拾ってくれました。どうしたのだと聞かれた藍は犬のことを告げると晴久も探してくれると言いました。晴久の自転車の後ろに乗せてもらって散歩する道をたどりました。地蔵前公園の空き地、ざりがにを取った団地裏の沼、山の木々を伐採して作り出したうねりある勾配の草原。藍と晴久は幼い時代を追憶して行くのでした。ふたりは疲れて広い草原で寝転びました。晴久はどうして中学の半ばからつれなくしたのかを語りだしました。晴久は自分の部屋から藍のお母さんがひとりで、いえ正確に言うとひとりと一匹で愉しんでいるのを見てしまったのです。晴久はそれから、藍の家族と距離をおくようになってしまったのでした。沈黙がふたりを覆いました。風が低い草の葉先をいっせいになぜたとき晴久は藍の手を握りました。胸騒ぐ藍は晴久にゆだねました。あっというまの永遠の幸福を感じました。そして藍は思いました。お母さんも犬の「そら」に慰めてもらっていたのね。私はもう要らない。どうりでわが家はバターの減りが早いはずね。雲ひとつない空の下、ふたりは甘く見詰めていると、お母さんの声がする。振りかえると「そら」を抱き抱えながらうれしそうに走ってきたのでした。



Copyright © 2004 江口庸 / 編集: 短編