第199期 #8

先回り

一度、逃げられそうになったことがある。
それだけ大切にされているってことなんだけど、理由も言わずに別れようとしていたことが頭にきた。だから、一緒に住むことに決めた。その選択は結果よかったんだけど、当時はヤケだった。

連絡がつかなくなったのはいつからだろう。正確には、連絡はつくけど会えなくなった。
電話も全然繋がらない。メッセージだけは返ってくる。
なんで? なにかした?
モヤモヤした感じがイライラになったころ、ミツキが大学でいっちゃんを見かけたというのだ。
オレは全然会えないのに、なんでお前は見つけられるんだ?! ってことにイラっとして、その夜オレはいっちゃんの家に行こうとした。
「お前、その勢いでいくの?」玄関でタイガに止められた。
「ミツキがさ、イチの目の下、すごいクマができてたって言ってたぞ。そんなところにお前がその勢いで行ったら駄目だろう。行くんだったら頭冷やしながら行けよ」
そう言って欠伸をしたタイガは「いってらっしゃい」と部屋に戻って行った。

目の下にクマができるほど眠れていないなら、会いに来てくれてもいいじゃないか。そんな顔で面接に行っても受かんないよ。そういえば、就職先が決まったのかどうかも聞いてない。
実家に帰るのだろうか? 実家には帰りにくいと言っていたからそれはないか。
なんだろう、全然わかんない。やっぱり、オレなにかした?
モヤモヤとイライラを引き連れていた割には、いっちゃんのアパートに着くちょっと前に、就活で空けているかもしれないと思いたち、メッセージを入れた。送ったタイミングが悪かったせいで、返事がないままオレはいっちゃんの部屋のドアの前まで来た。
呼び鈴を押して、出てきたいっちゃんの顔を見たときは、軽く衝撃を受けた。
そんな顔で生活してたの?!

思い出したら軽く笑いが出た。キーを叩く手をとめて、ドアの向こう側に人の気配を探す。静かだった。いっちゃんは、ここ数日いないのだ。父親に不幸があって、実家に戻っている。
黒い画面に白いカーソルが点滅している。正直、不安だった。また、別れようと言われそうで。

あの時はわからなかった。
キミが何を守ろうとしていたのかとか、何が大切だったのかとか。
今はわかる気がする。キミにとって大切なモノが。
「一緒に行けばいいのさ」
オレはそう呟き、仕事の画面を閉じて、引っ越し先を探し始めた。
向かう先は、いっちゃんの実家の近くだ。
今回は、先回りしてやる。



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